然りとてさりとて

毎日を平々凡々に暮らしたい願望大なのに、いろんな事にわちゃわちゃ振り回され続けてる(振り回してる?)50近くの田舎女性たわごと日記。 VSびんぼー、毒持ち(こうあるべき!大好きな過干渉さん達)から逃亡中、VSストレス作らない、自分の為に自分らしく、VS何事にも果敢に挑戦頑張り中

見守ることの大切さ

親が「こうあるべきでしょ!」「こうしなければオカシイでしょ!」「人様に笑われないように!」という家柄出身なもんで、気付けば私も同じこと子供にしてました。

 

そうされるとだいたいのこどもは我慢するのみしか選択肢はないはずで(私がそうだった)

 

けれど私の上の子は「なんで?」「どうして?」と「そんなん意味ねーからやる必要がないだろ」「なぜ人と同じことをしなければいけないんだ」「勝つことや100点に意味なんてあんまなくね?」などと自分基準で反抗してきて大変なもんでした。昔ながらの人が担任だったときはそれについて結構に言われるわけで私は心が病みました。

 

それを親に話すと「舐められてるんだ。叩いてでも従わせろ」

もう時代はとっくに違うのに、さもそれが正しい方法かの如く言い切ってくるのです。

半信半疑ながらそうしてみたのですが、それでも全くやらない。

というよりもむしろ今まで以上に反抗して凄かった。

 

いつも彼は「やらされてる」と言っていて「勉強をさせられている」「走りたくもないのに走らされている」など、自分の意思ではないことをずっと主張していた模様。

 

相手の心を無視して進めてはいけないよね、と今はすぐに分かるけど、でもそのときは全く解らなかった。微塵にも思わなかった。相手云々よりルールが絶対だったから。

 

育てられたようにしか育たない。本当にその通りだと思う。育てられ方というものは自分が子を育てるときに無意識で使う親からもらった教科書だ。

 

口うるさくいって従わせるのがそんなに素敵なことなのか。みんなと同じことをしなければいけないし、みんなに負けないことがそんなに素敵なことなのか。彼の口癖。

 

朝、時折みる「テレビ寺子屋」。私はあの番組が好き。そしてそれを見て思うの。

なぜ私の親は参考書は沢山勝手に買い与えるくせに、こどもの育て方については学ばなかったのだろうか。こどもの心に寄り添うことも学べなかったのだろうか?つくづく腹正しくなる、腹正しくなってしまうのだ。

 

そして挙げ句の果ては、「一生懸命私なりに育てたつもりです。なぜそうなってしまったのか」などとメールでよこす。中身は言わば、「私は悪くないんですコース(罪悪感植え付け)」だ。

 

実母が過干渉すぎる為兄がまともに夫として機能せず離婚した。それは修羅場だった。「家族だから協力するのは当たり前でしょ」をコンセプトに早朝に電話してくるのだ。

「兄が今から外へ出ようとしてるから助けにきて」。って私今ここに小さいこどもいるんだけど、、、夫泊まりでいないんだけど・・・・置いていけっていうのか?・・・

 

それでも「私1人ではどうにも出来ないからお願い、助けて!」と言われれば仕方ないから出向く。とかそんなことばかりやってるうちに気付いていったよね。私、人の後始末ばかりしている場合じゃないんだけど!???

 

そうして私は血縁と距離を取っている。あちらは以前同様距離感関係なくガンガン踏み込んでこようとするけれど、私は一切拒否。だって心が無理だから。

 

今も子どもは勉強もせず私の部屋にきてゴロゴロしながらゲームしてるけど、それでも母子のコミュニケーションがきちんと取れてるのでまぁいいか、と思ってる。

 

従わせる育児は子をダメにする。上の子は高校へ行かないと受験勉強を全くしなかった。

「だったら行くな。それでも構わない。お前の人生だから」と口は出さずにただ見守る方にシフトチエンジした半年後、兄はやっぱ高校へ行こうかな、と言った。

 

それから私は全てを見守る側でいる。大切なこと以外は叱らない。こどもの話はきちんと聞く。子と私は親子だけど対等。そう思っているからそう言っている。

 

「誰のおかげでメシが食えてると思ってんだ!」「親に口答えするとはいい度胸だな!」「こどものくせに生意気だ。自分を何様だと思ってるんだ!」言われてたからね、いやだなーほんとうに。心がどんよりする・・・・・

 

「あー、家出たくないなー。家でいるの楽しいから学校終わってもこの家にいたいなぁ」という上の子の言葉をきき、「よかったね」と思う。

私みたいに楽しいよりも悲しくて嫌なことばかりの子供時代は気の毒すぎるから。