然りとてさりとて

毎日を平々凡々に暮らしたい願望大なのに、いろんな事にわちゃわちゃ振り回され続けてる(振り回してる?)50近くの田舎女性たわごと日記。 VSびんぼー、毒持ち(こうあるべき!大好きな過干渉さん達)から逃亡中、VSストレス作らない、自分の為に自分らしく、VS何事にも果敢に挑戦頑張り中

なぜこんな簡単なことを

私には「(世間一般で言われてるであろう?)ルールや常識」がありますが、それが全世界共通ではないということに気付くまで40年以上かかってしまいました。

 

それについて疑問にも思わなかったのは実家はもちろんですが親戚もそのルールが当たり前に当たり前すぎて「自分たちが間違っているはずなどない!」と思い込み合い生きてきたからで・・・

 

けれど結婚を機にその中に入った人達は言わば違うルールや常識を悪気なく出してきますから、そうなるとその人は非常によろしくない存在の人になる。影口を叩かれるはもちろんですが育てられ方にも問題があるのだという結論で結局はその人の実家までも叩かれる。そういう類いの話がいつも当たり前に飛び交っている家でした(祖母がものすごくそうでした、セイカクワルイヨネ)

 

良くないところばかり大きく切り取って馬鹿にしたように話し、良いところをは褒めることをしない、それは当たり前だからと。

 

もちろん私ももれなくその通りに生きてきました。だってその教科書でしか学んでいなかったから。その教科書が余りにも強烈すぎてその通りに縛られすぎてそれ以外の考えが自分の中に広がる日の到来が遅すぎました。毒親だと気付くのにとっても時間がかかりすぎただわさ。

 

親が毒親だとその親と仲の良い親戚も結構な確率で毒持ちだったりしますね。

親戚関係が良好なのは悪いことではないけれど、でも傷をなめ合うみたいな風潮はよくない。寄ってたかって、みたいなのもよくない。ようやく今はオカシクない判断が出来るようになったと思っているけれどそれで実家とも親戚たちとも縁を切ったように暮らしてます。だって一生理解してもらえはしないだろうからこれが一番のベストと思いながら。

 

常識なんて人それぞれだから自分が迷惑を被る以外は問う必要もないと思うのだけど、自分たちは間違っていない!!!という確信が欲しいからどこまでも相手を締め上げて縛り付けていく。良くても悪くても認めてあげればいいのに、って今は思えるようになりました。きっかけは自分の子、全然言うこと聞かない子でノイローゼになるかってくらい悩み困り果ててようやく出た結論。

 

「叩いてもいいからやることはきちんとやらせる」方式で叩かれて育った私は叩かれるのがいやで長い説教を喰らうのがイヤで自分の気持ちは秘めて親の言うことに従ってた。

「叩いてもやらせなさい!」と親にアドバイスされその通りにした私だったけど私の子は叩かれても言うことには従わなかった。それと比例するかの如く、更にやらなくなった。そんで無気力無関心、自分に自信のない子になっていた。

 

育て方を間違いすぎていたのに気付いたのはこれも相当遅く、戻れるものなら戻って子育てやり直したいって思う。こどもは親を満足させる道具ではない。こどもだって気持ちがあってこどもなりの考えがあるのだから。

 

40年も前の自分の基準を無責任な言葉で無責任にたきつけて40年も前の育児方法を世の中の流れを無視してはまりこんでくるお年寄りたちは非常によろしくない。黙ることが出来ない年寄りは老害