然りとてさりとて

毎日を平々凡々に暮らしたい願望大なのに、いろんな事にわちゃわちゃ振り回され続けてる(振り回してる?)50近くの田舎女性たわごと日記。 VSびんぼー、毒持ち(こうあるべき!大好きな過干渉さん達)から逃亡中、VSストレス作らない、自分の為に自分らしく、VS何事にも果敢に挑戦頑張り中

やさしさ

歩いてるとこちらが向かってきてることを察知して早い段階からよけて道を譲ってくれる人がいる。もちろんそりゃありがたい。知らぬ人ならば尚更。

 

さて、と考えてみる。私の場合それは知っている人。そしてそれは一度ならぬという感じ。

 

普通に聞けば「優しい」の部類に入る話なんだけど、でも私この人が好きではない。

露骨に優しくない時もある事を知ってるから。きっとその日の気分次第ってやつでしょう。

 

 

で、前の投稿に引き続き「優しさ」について考えてる。

 

じーーーーーーーーーんわりといつまでも有り難み持続するのが優しさかな。いつまで噛んでもきちんと味のあるガムみたいな?

 

 

以前、「俺ってすごいでしょ?」的な人がいて重いなーって思った。すぐ味なくなった。自分の凄さ(別に凄くなんてない)に自分で酔ってるし認めてほしいのは分かるけどそれ押しつけてくんなよって思った、非常に重いウザイキモイ。

 

 

だってそういう人って自己陶酔満足型。「こんなにあなたに優しくしてあげてる自分マンセー自分すごい!」なんだもん。キモチワルイヨ。

 

この人ね、「優しい人」とずーっと思っていたんだけど時間が経つにつれ違うじゃんって分かってきた。優しいんじゃなくて自分自身に自信がないから言いたいことガマンしてただけ。

 

「なんでもいいよ。簿の耳ちゃんの好きにしていいよ」だけは変わらなかったけど、小さな世界で小さく生きてて面白い話も考えさせられる話も教えてもらえる話もなく(外食したことがほとんどないレベル)

 

その上「自分は何も知らないからなんでも知ってる人がいい」などと努力することもせんで人に乗っかろうとするその魂胆もだらしなかった。確かに待ち合わせには絶対遅刻。入場券も自分からは買いに行かない。ごはんの注文も自分からは仕掛けない。とにかくとにかく他力本願。自分からは何もしない人だった。今考えると今時点での私のこども以下・・・

 

 

わざとらしーく見せつけるかのように相手に認知させる優しさは所詮まがいもの。直球な言葉で見せつけてくる優しさは作りもの(が多い気がする)。「本当の優しさ」って相手が重くならない程度に優しさ度合いもそのアプローチ方法も相手を気遣って配慮して自分のことはアピールせずにお届けすることかなって思う。

 

 

汚さのないシンプルな優しさはやっぱいい。付属物たっぷりついた優しさなんて言語道断。