然りとてさりとて

毎日を平々凡々に暮らしたい願望大なのに、いろんな事にわちゃわちゃ振り回され続けてる(振り回してる?)50近くの田舎女性たわごと日記。 VSびんぼー、毒持ち(こうあるべき!大好きな過干渉さん達)から逃亡中、VSストレス作らない、自分の為に自分らしく、VS何事にも果敢に挑戦頑張り中

書いて解消できるかね、、

私の実母はそのまた実母(私の祖母)に全てコントロールされて生きています、今もなお。

 

自分の願望を封じ込めて家族の犠牲となりいろんな我慢をして家事をし進学も断念して。けれど自分の親ときたら偉そうに言ってくるわりには自分よりも出来ないことが多いことに少しづつ気付いてて。それでもしかしその支配から逃れることが出来ない。だって「私はあんたの為にこんなにもして〇〇してあげたというのに、それなのにあんたって子は、、、」といった感じに罪悪感を植え付けてくる言わば支配下の関係。そう、私の母親も毒親の犠牲者です。

 

そうしてきた我慢の矛先がだから娘の私へと向かったんだと思います。だって私はこの子の親なんだから。自分のこどもなんだから自分は何を言っても許される。だって私がそうだったんだもの。私はこの子の為を思って言ってあげてるんだから。

 

無意識下でそう思っていたのだと思います。

 

 

これは連鎖。でも私は実母を責め続けます。「お前は親の気持ちも考えないでいつも自分のことばかり考えて(怒)」と言われ怒られる続けたので人前で発言することが今でも怖かったりしています。必要以上に人の顔色を伺ったりね。で、困ってても困っているとも言えない子になりました。だって「人様に迷惑をかけてはならない!」と言い続けられていたので、私は言うことで相手が困るかも!?と思い、大事なことでさえも言えませんでした。相手が気付いてくれるまでひたすら我慢する。その方法を使ってました。

 

小学2年生だったある雨の日、勢いよく水たまりに入ったトラックが歩いてる私に水をかけ去っていきました。もちろんのこと私の洋服は水着かのようになってたけど、それでも先生に言うことも出来ず、不快なその状態で学校での一日を我慢して過ごしました。だって人様に迷惑をかけてはいけないのだから。だから言えない。

 

家に帰って「朝ね、トラックに水かけられて服が濡れちゃったんだー。だから気持ち悪くてイヤだったなぁ」と言うと、「なんで先生に言わないの?そういう時は先生に言わなきゃダメでしょう!?ほんとあんたって子は・・・・・(ため息)家でならどうでもいい事ほどうるさくベラベラ話すくせに大事なことは言えないだなんて。ほんと情けない子だねぇ」

 

何か言うとダメダシの嵐に加え、最後には人格否定。だからとにかく否定されるのが私のシゴト、みたいなもんでした。

本気で褒められたという記憶がほとんどありません。人様にも褒められるレベル状態のことに関してはものすごく褒められたけど(人様に自慢できるネタだったからだろうと思う)それ以外は全くで。いつも「ほんとあんたって子は・・・私は〇〇で〇〇だからと褒められてたのになんでこうも良くないとこばかり似たんだか・・・」がお得意な母親。

 

 

私が歌を歌ってると「あんたはダメだねぇいつも喉声で。ほらこういうふうに声を出さなきゃ!(と言って歌い始め、歌い終わると)私は小さい頃先生に「おまえは上手いから前に出てちょっと歌ってみせなさい」って言われて1人で歌わされたんだけれどもねぇ」と言うのです。

私の小さな爪をみては「あんたの爪はおとうさんに似ちゃって可哀相だねぇ。私みたいに竹爪だったらよかったのにねぇ」

「なんで何回言ってもあんたは出来ないの?おにいちゃんはちゃんと出来るのになんであんたって子は・・・」

「作文ってのはもっとこういうふうに書かなきゃダメでしょう??私はよく選ばれて褒められていたんだけれどもねぇ・・・

「(私が書いた習字をみて)ほんとに下手な字だねぇ、、、。私なんて書道部の中でも上手いと褒められて何か書かなきゃって時は先生に「おい、〇〇。お前が書きなさい!」と選ばれてばかりだったのに」

「おにいちゃんは明るくて先生にも褒められてばかりなのにあんたときたら大人しすぎて何にも言えないもんねぇ」

 

だから私は一生、困ったことも困ったといえない困った子で、一生字が下手で一生作文が下手で一生歌が下手で何やってもよい成績がとれることはなくて、素敵じゃないらしいみっともない爪で褒められる権利もないままに一生生きていくしかない人生なんだなーと小さいながらにぼんやりと思ってました。

 

唯一運動だけはできたのですが「私は小さい頃はかけっこが早くてよくリレーの選手に選ばれてたからこの子の足は私に似て速いんだわ」

 

 

 

自分に都合の良くないところは全否定。でも自分に都合のいい部分のみは自分のお手柄。ほんとクソだなぁと思います。私が今こうしてぶち切れてるのも仕方ない。

 

 

でも生き続けているうちに私は気付いていくのです。わたし小さい頃作文は上手くなかったかもしれないけれど高校では褒められたし大人になってから書いた文章で寸志貰えたこともある。ってことは!??・・・・・・・・

 

カラオケに行ってはじめて知りました。「簿のちゃんって歌下手じゃないじゃん。つうかうまいよ!?」

 

「わたし、簿のちゃんの字だいすきっ。私もそういう字が書きたいな」と言ってくれる友達のおかげでちょっとだけ自信がつきました。

 

いつも「どうせ私ごとき」と思っていました。親に植え付けられたよくないしがらみから親以外の人達が少しづつ私を救い出して助けてくれてたんだなぁとこうやって書いてるからこそ今気付けました。