久々に一部の親戚たちが集まった。我が家などは私の希望通り消息不明状態で密かに淡々と暮らしていますので久しく会ってなかった人ばかりなのですがそれにしても皆歳をとったなぁーという感想。おっさん率高すぎ、、、
そこは「こうあるべき!!」の原点でもあるので行くまで嫌で嫌で仕方なかったのです。小さい頃も「行きたくない行きたくなーい」だったけど一瞬であの時の嫌な気持ちにワープしてしまいましてねぇ、あの時の嫌な気持ちを再度味わうというコースまじ拷問。どんなに文句言ったり書いたりしたっても消化も解決も出来てないんだよなーと口をとがらせたい気持ちになってしまいました。
とにかく口うるさいんだよ。細かいんだよ。良かれと思って言ってくれてるようだけど正直それはありがた迷惑ってやつ。だから子にははじめに謝っといた上にうるさ方との関わり方についてのレクチャー。大まじめで話す私と夫の姿にこどもたち「???」状態。だーかーらーめちゃ細かいんだってっ!!お堅い職業ばっかじゃん、分かるでしょ!?のほほんしてるの私達だけだからね。それ以外みんなエリートみたいなもんだからね!
傾向と対策を練って「いざ参ろう!」しましたがタイミングよく老害さんたちは丁度席をお外し中。実家の毒持ちさんたちも今日は毒を吐きださなかったのでほっとしました。そうだよね、新しい考えをもった若い子たちが今はいるわけで、昔とはほとんどは違うはず。だから老害は黙って大人しくしていて下さい。それがこの世の若者の考え方をもっと広く出来ることだと思うので。
比べてみるに夫(最近モブ状態が消滅しつつある)の実家はうちとは真逆でルールなんてほとんどなし、親の威厳とか命令に近い支持などはない。だからはじめはとても気楽だったのですが、余りにも好き勝手できる状態なので好き勝手し始めるわけですよみんな。そしたら「は!??」ばかりが増えて首かしげてばっかいたんだけど、結局ね、ある程度のルールは必要だよなぁという私なりの結論に行き着きました。
相当ダイジなことじゃない限りそこそこでいいんだよ(←夫実家はダイジなことでもそこそこでOKだけれどね)誰に何言われようとも痛くも痒くもないんだよ。言いたい奴は勝手に永遠言い続けやがれ。
今はそんな心情、自分軸で生きてます。それまではロボットみたいに考え方も行動も育てられ方からくるものに支配されてるようなもんでしたもんで(従わないと永遠に文句を言い続けられるという・・・)☆
家について考えてしまいました。私は家に執着してないしこの家に嫁にきたわけでもないので家自体に関してなんとも思わないのです。私と家族の居住区、ただそれだけです。実家がなくなってもなんとも思わないと思われる。だって私が住んでいた家はすでにない。今の実家は新しくした家なので小さい頃の思い出はないし、昔の家にだなんてなにぶん良い思い出よりもイヤな思い出の方が多い。だから家に大きな価値を見いだせもしない。
モブが消えた夫と色々話してて感じたこと→女は歳と共にどんどん強くなっていく。最強という言葉だってあながち間違いではないと思う。
女は先をみて生きている。何かあっても先のこと考え動きながら物事を見ている。でも男は立ち止まってそこばかりしか見ていない。その差が強くなっていく理由なのではないか?と思った。
若い頃は若すぎたゆえ分からないことばかりだったので悲しいことは単純に悲しくて、辛いことは単純に辛すぎて。でも今は「悲しいことだけど充分幸せだったじゃないか」とか「辛いけどこれはなにか私に対してのメッセージみたいな気付きがあるのでは?」などと思うようになった。立ち止まることだけはしなくなったなーと。
でも夫は「悲しい。さみしい」とか「しんどい」とか自分の部分のみで立ち止まってるから悲しみだったら悲しみ全てを100で受け止めるしかないからまだ最強にはなれないんだと思う。
表裏一体。そういうもんなんだから仕方ない。そう思う。