然りとてさりとて

毎日を平々凡々に暮らしたい願望大なのに、いろんな事にわちゃわちゃ振り回され続けてる(振り回してる?)50近くの田舎女性たわごと日記。 VSびんぼー、毒持ち(こうあるべき!大好きな過干渉さん達)から逃亡中、VSストレス作らない、自分の為に自分らしく、VS何事にも果敢に挑戦頑張り中

親の毒の影響<分析してみた>

どうしてもイヤだなーって思うことたちにはきちんとした理由がある。そう思った。

 

◍ワタシはデ部が嫌い。

その理由→デ部だった時もあるから。そして周りにいた沢山のデ部たち(親戚内多し)は言い訳ばかり得意で本気で痩せた人はいなかった。

 

母親が言い訳ばかりのデ部だった。そのくせ美意識とプライドだけはある程度はあったようで、自分と同じくらい、もしくは自分以上のデ部を見てはワタシの方がマシと言いながら「食後のデザートは別腹よ♪」な人だった。デ部は自己管理が出来ないんだなーとか運動の努力よりもお金投資してまでもマイクロダイエットをとるとこ辺りが痩せること無理な理由だろなどと考えながら単純にいろんなもんが醜いと思った。

 

 

◍一方的に見せられる写真や動画が嫌い

その理由→そのお宅を訪問すると「見たい!」と言ったわけでもないのに勝手に繰り広げられる上映会があった。

 

逃げたいけど逃げられない苦痛。相手の気持ちなど全く関係ない&相手の気持ちなど気にもしない自己中心的な人がやること

「ワタシが見せたいと思うくらいなんだから相手も見たいでしょ♥」「ワタシが見てほしいんだから相手も見たいでしょ♥」なる需要と供給の意味を知らない人の一方的なる一種の自慢話←相手の気持ち考えることなく生きているなんて頭ん中めでたいな☆

 

 

こんなふうにさっき書いた友人の話にも繋がっていく。だからイヤなんだ。イヤなことにはきちんとした理由がある。

そしてワタシはこれらを嫌!!と強く思うのはワタシという人はそれが出来ない、それを許せない人だからで。

 

どうしてそれができないのか&許せないのかというと、そうやって育てられてきたことだったり、それによる反面教師であってどうしてもそれは出来んという自分の中に作られてしまった頑ななにかがあるからで。

 

 

生き辛いなぁーって思いながら生きてました。特に学生の頃なんてそう強く思ってて。早くこの家を出て都会に行くぞってその目標だけを楽しみにいた気がします。

 

その理由→

◍こうあるべき!!が口癖な家だった(正解は親の価値観の元)

◍親が世間体ばかり気にする家だった(両親ともにコンプレックスの強い人達)

◍親が躾やルールに厳しすぎる家だった(子の気持ちよりも常識や礼儀正しさを大事な家だった)

◍「人に馬鹿にされぬように」「笑われぬように」の家だった(プライドだけ高い)

◍人と比べられてばかりの家だった(〇〇さん家の××ちゃんは凄いのにあんたときたら!・・・・(文句とため息の嵐を受けまくった)

◍「親に向かって生意気な口をきくな!」「誰が飯を食わせてやってると思ってるだ!」「こどものくせに!」などと言って私の気持ちよりも自分たちの気持ちを優先しては上下関係を強いて私には意見を言う権利さえないようにしてた

◍いつも否定ばかりしてくれる母親だった(あんたよりも自分の方が凄いんだから!!と言う内容で私を否定して自分を持ち上げる人だった)

◍いつも人の癖や行動をどこまでも馬鹿にして罵ったり笑ったりしてくれた母親だった(コミュニケーションの一環だとしてもいつまでも執拗で許せなかった)

◍男尊女卑と亭主関白が当たり前な家だった(女は奴隷か召使いにしか私には見えん。兄は大学まで行かせてもらえたのに私は、、、)

◍「あなたの為を思って言ってあげてるのよ」「良かれと思ってやってあげたんだからね」(押しつけがましくこちらに罪悪感植え付けて私は悪くない戦法をとる人だった)

◍白か黒か。0か100かの考え方しか出来ない家なのでそうじゃない人達はおかしい人扱いの家だった(自分の価値観だけが正解で正義だと信じ込んでいる)

◍家族に固執する家だった(家族仲良くがモットー(「親が偉い」のもとに)

◍親戚とも蜜な関係、職業もお堅い人が多かった(固定観念同じ人が多いからこそ私たちは間違ってない!という自信を持った押しつけ感がすごかった)

◍老いては子に従えと自分の母に対しては愚痴愚痴言ってたのに自分らはというと従うつもりはないようだ←自分特別ルールふざけんな!

 

 

 

だから私は黙っているしかなかった。

何かを言えばこの中のなにかによってまた頭から押しつけられる説教が発動する。

言えば更にやられる。早く大人になりたかった。

 

 

毎日がこれらってわけではなかったけど、もちろんこちらに寄り添ってくれた事や時もあったけど、それでもこれらルールが常時はびこってるわけでやっぱり窮屈で居心地は悪くって。いつも何か小言を言われ続ける生活、地獄でしょ。

 

 

周りの顔色を伺う癖は今も消えてないし、少しのミスでも「どうしようどうしよう」って小心者すぎてずっと頭の中から消えないし(怒られることが分かってる前提てのは生きてるのに死んでるような嫌な気持ち。だってどーせまた説教喰らうんだ、、、って)

先読みして動かないと面倒なことになる(また説教くらったりは勘弁だ)からと周りよりも先に動いて人より多くシゴトしてはエンジン全開すぎてすぐに疲れ果ててるし(真面目じゃなきゃいけない&人より立派じゃなきゃいけない論)。他人と比べられるはもちろん人格否定だってされてばかりだったから未だに自分と自分のしていることに自信がない。そんなんだからいつも自分を自分が疑っている。

 

 

母親にはけなされてばかりだった。褒められたことはほとんどない。「字が下手」「歌が下手」「作文が下手」「あんたは創造性がないから自由研究は私が考えてあげるから!これをしなさい!こうやりなさい!!」とか「爪がキレイじゃない」「気が利かない」などとにかく立派に素敵な女になって素敵な男と結婚できるようにと両親だけが思う範囲での素敵な女になるようにと躾けられましてね。「勉強しなさい勉強しなさい」「私はいつも良い点数ばかりだったけどなんであんたはこんな点数で、、、」やら「漫画を読んだらバカになるから本を読みなさい」「ゲームばかりしてたら頭が悪くなる」やら制限ばかり多かったねぇ。

 

こてんぱんに否定されまくってたから立ち上がる気力なんて0。よし、やるぞー!!なんて気力、あるわけがない。だって何しても褒められることはなくけなされて否定ばかりされてれば誰だって気力沸いてくるはずがない!!!(先日これについて文句言ったら「なにくそーって立ち上がってくりゃよかったでしょ!!」と逆ギレされた、散々人のこと否定しまくったくせになんて言い分だ、理解出来ん)

 

だからこうして言われ作られてしまった数々の私のコンプレックスはテストの点数のように私の中身の点数が赤点レベルなんだなーって思って生きていました。

 

 

否定ばかりされけなされて育ったサラブレッドがその後どうなるかと言うと、私を否定しないでくれる人、私のことを褒めてくれる人、私のことを理解してくれる人を自ずと探すようになり、心が繋がる人を求めてしまってた←わたしの場合

 

でもその見極めって難しい。

 

私の話を親身になって聞いてくれる人は良き理解者だと思い込んでしまう(問題ありそうな人でも)。私のことを持ち上げてくれる人は皆とても良い人だと思い込んでしまう(下心を察しても)。私のことを肯定してくれる人には抱きついてぎゅーってしたくなるくらい嬉しくて幸せでどうしようもなくなってくる。そうなると勘違い思い違い含めそう信じたいという気持ちが私を間違わせたりするんだねぇ・・・異性関係、見る目全くなし!!

 

 

だからなのかなあ?わたしは男性に認められたい好かれたいと思う気持ちが大きい気がします。実家は男マンセーでどうあがいても無理だったから実家以外ではその逆でいたいなと思ってしまってるのかもしれません。多分男尊女卑と亭主関白が大嫌いすぎるのでそうじゃない方に持っていきたいという私の深層心理かな?・・・

 

 

でもね、「あれ?おかしいなー??」って思うことが始まった。爪は生まれ付きだからそれは変わらないけれど、カラオケに行ったら褒められた。「??あたし母親に下手下手言われてばっかだったけど!?」「なにげに書いた文章が賞をとり粗品をもらう。「??あんたは本当に文才ないんだからぁ・・・って言われてたアレは??」などというふうに「あれれ!??」ということが起きてきてなんとなく分かり始めた→自分の方がどれだけ素晴らしいか自画自賛したいが為に母親は私を踏み台にして自分だけいい気持ちになっていたんだ・・・小学生な自分の子に張り合い否定までする??大人な自分の基準にまでこどもを引き上げてジャッジしてるってオカシくない!??

 

 

私にもこどもがいるようになったからこうして初めて本気で親のオカシさに少しづつ気付き始めた。「せっかく生んであげたのに」なんてこと、私は自分の子供には言わないや。「せっかく育ててあげたのにコレだから、、、」なんてこと、私自分の子供には恥ずかしくて言えない・・・。

 

自分で作ったこどもなのに「生んであげたとか育ててあげた」とか恩を着せるのってオカシクない??無責任すぎない!?小さい頃それ言ったら「あんたはほんといつもへりくつばかり!そうやって子供のくせにへりくつばかり言ってるから◍◍がダメなんだよ!(怒)」なんて逆に怒られたんだよね。図星言われ答えられず話すり替えて否定してくるだなんて卑怯だなぁと今は思う。

そういうふうに「あり得ん!!」ってなオカシイことに沢山出くわすようになった。自分のこどもをただ育ててるだけなのに自分がこどもの頃されていた事がどうしても思い出されよみがえり私の心に覆い被さってくる。すり替え論しか使えない親だったから私としては子供の頃も今も誠に納得いかずして腹立たしてくしょうがない!(大激怒)、そんな現象にどうしても遭遇してしまう。怒りと虚しさだけがつきまとう。そして今もつきまとわれている。早くこのカオスな心情から脱出したい、もう今はただそれだけ。

 

 

話はちょい前後するけれど、私の両親、兄嫁とそのこどもに対しても「自分たちはあなたたちのためを思って言ってあげてるのに」とか「やってあげているのに」を発動し、自分のこどもが自分の言いなりになったことで更に自分たちは間違って居ないという自信を増長させたのか?他人に対してもどこまでも自分たちの価値観を押しつけ続けた。

 

 

そうしてその子が卒業するその頃、でも私はまだ本格的には覚醒はしてなくてさすがに沼が深すぎたから両親と同じような価値観で(あれ??ちょっとオカシクない!??程度)。借金をする兄嫁、異性関係に問題のある兄嫁がかなりの割合で悪いと思っていたけれど!あれれ??と思うようなことがまた起きた。

 

確かに良くないんだけど兄もめちゃくちゃ良くなくて。亭主関白が凄まじくて相手の気持ちなんて配慮することさえ出来ない(見本が亭主関白&男尊女卑当たり前の父親、それのみの教科書だから)。悪いことをしたヤツが罰を受けるのは当たり前だとばかり相手を攻撃しまくってたようで(白か黒、0か100の親の価値観を受け継いでいる)。そのくせ執着もすごくって(男たるものは、、、という親からの突き放しの教育のせいで必要なとこがスッカラカンの愛情不足だったと思う)なんだかすごい修羅場ばかりだった。ガキが必死に自分の心を痛めつけた相手に対して逃げれなく追い詰めどこまでも攻撃してはどこまでもののしって、でもその反面自分から離れていくことに自分のプライドと価値観がどうしても許さなくて駄々こねてるようなもんだった。どちらにも悲劇。

 

 

そんな時実母は「私の息子なんだから!!」とバカみたいにかばってねぇ。「もうコイツらまじだめだー」って思った。自分の息子の悪いとこはスルーで他人の悪いところのみを非難し自分の息子を大切にしなかったことをどこまでも許さなかった実母、イカレてる。

 

それ+「お願いです。助けてください」と早朝、深夜関係なく私に届くメールと電話。「この小さな子たちを2人だけにして来いと言ってんの!?(モブ夫単身赴任中)」と言うと「だってあなたの兄のことなのよ!?私1人では無理なんだから手伝うのは辺りまえでしょう?」「えー、でもこの子達置いてくのはちょっと・・・」と言うと「じゃぁいいから!!親戚の◍◍に頼むから!あんたにはもう頼みませんから!!」と来る。

 

他人を引き合いに出しこちらを拒否る手法はやつお得意の罪悪感植え付ける戦法。最悪を通り越してなんだんだろう?と今なら思う。

 

そうやって実家に振り回されすぎ家をないがしろにしてた私に対し、普段は怒ることさえ出来ない小心者人間のモブ夫にさえ散々ののしられ攻撃され切ない立場だったなぁ・・

 

 

親になっちゃいけない人達が親になってこどもを生んでしまい、そのこどもが親になれる心の中身もないのに親になってしまった悲劇だなーと思ってみてた。さらにどんどん冷めていく私。

その後も「私の息子なんだから私が守ります!」と言っては「大変だわぁ~」と言いながら兄の世話を嬉しそうにしていた実母。「新しい布団を買わなきゃ!全部捨てた方がいいわよね」などと言いながら私をアッシーにして生活用品を買い直してた、自腹で。

 

 

もう分かると思うけど、支配的・過保護&過干渉・自己中・「あんたのせいで具合が悪くなったんだから」&「せっかく〇〇してあげたのに」の上から目線、頼まれてもないのに勝手にやりやがっては相手に罪悪感植え付けて自分は全く悪くないと思っている。

それなのに自覚なしだから更に無責任極まりない。だから他人とも上手くはいかないと思う。その後の嫁さんも逃げてったしね。

 

 

どうして私がこうなのか、どうして兄がああなのか。もう答えはわかってる。

でもだからってどうすれば心が落ち着くのかどうすれば心穏やかにいれるのか?がどうしても分からない解けないんだよね。だから本読んだりして知識を入れ考えてはいるけれど、やっぱ難しいねぇ-。染みついたものこびりついた物は簡単には消えてくれないや。

 

愛情があるからと物やお金を与えてさえいれば子のことを否定していいわけじゃないよ?「こんなに私はあなたの為を思ってるのに」と自分中心に相手を考えての押しつけ思考は愛情ではない。実母の愛は実母が納得したいが為の自分から見た一方的な押しつけの愛情で相手の立ち位置になって物事を考えての愛情じゃぁないんだよね、いつも。どうもそこが分からないみたいだ。

 

 

敬老の日にきた電話。「今日なんの日か分かってる?全く音沙汰ないからもしかして忘れてるのかと思って電話してみました!」←明らかに催促(貰えるのが当たり前が前提)

 

 

私の子にお金くれた時。「お金あげたのにありがとうの一言もないから電話したんだけど。せっかくあげたのにちゃんとお礼言わないならもうあげませんよ!?」に対しての孫の一言→「催促してくるなら要らねーよ。そうやって押しつけがましく言ってくるなら要らん。本当にプレゼントって思うならお礼の催促って普通はしないだろ。ただ恩着せがましいだけだ」→返したらめちゃくちゃ怒りまくってた

 

こうやって感覚は時代に沿って変わっていくんだからもう隠居して誰の人生にもはまらず関わらずでいりゃぁいいのに、「私の時代はこうだったから仕方ないでしょ!!」「だったらどうしろってのよ!!(激怒)と開き直る実母。だから私は許せない。謝られても許せなかった。傷は消えん。未だ治療中。

 

 

結局だな、わたしは我慢ばかりしすぎてきたことが良くないんだと思う。

だからもう無理しなくても良い我慢はしないことにした。

 

親が決めたルールに縛られすぎていろんな失敗をしすぎた。立派にしなきゃいけないからと思えば思うほどテンパって失敗ばっかだったし、いつも親が私を審査してるようなもんだったから目立つことが好きではない。電話でもなんでもそうだけど影で聞き耳たてて聞いてるんだよね。そんで電話終わったらダメ出しtime。「あーいう時は〇〇って言うべきでしょ!」とか「あの言い方はダメよ」などといつでもどこでもジャッジされてるから緊張すると顔が赤くなり何も言えなくなる。見られすぎると逃げること出来ない。そう思えば思うほど、どんどん顔が赤くなる。そんなふうにいろんなトラウマが酷い、、、これでもマシになった方だけどまだまだ道のりは遠い気がする。

 

 

「他人の価値観さえ認めず自分たちの考えだけがさも正しいかのように他人を否定ばかりするそのやり方が許せない。自分のこどもだからとこちらの意向くみ取らず土足で入り込んでこようとするそこも理解出来ん。だから私は距離をとる。そうしなければ私の心が破壊されるから」と最近も実母に送ったら今回は珍しく返答さえこなかった。私のこういう行為、実母にしたら「意地をはっちゃって」くらいなレベルらしい。「どこで育て方を間違ってしまったんだか・・・」って言ってたくらいだ(ふざけんな!)

 

自分の子は自分のロボット、自分の言いなりになると信じてるのだろう。

「娘なんだから親である私の面倒を見るのは当たり前!」と1ヶ月中毎日娘たちを病院に寝泊まりさせてた母親を持つ人だもの、娘を犠牲にしても痛くも痒くもないのだろう。

 

どこまで自己中極まりないんだ(絶句)。ガキすぎるだろう。幼稚すぎ!そんでそんなのに従ってる方も従ってる方だわ、、、。実母とその実母、多分共依存

 

 

よく考えてみるに私の実母がどの人とも共依存の関係に見える。実母と実母。実母と実父(夫婦)。実母と息子(私の兄)。問題なのは多分実母。相手の未来と相手の可能性をガンガン奪う。だから相手が何も出来ない人間になる。「ほんと〇〇は私がいなけりゃ何も出来なくてぇ~」てのは私を踏み台にして自分だけがいい気分になりたかった時のアレと同じやつなんではないか?と思う。アレ→「あんたはほんとに字が下手過ぎるねぇ。私なんていつも賞をとって褒められてばっかりだったのにねぇ・・・」=あなたたちは出来ないけれど私は出来る!私の方があなたたちよりも凄い!私はやっぱり凄いんだから!!的心理に繋がる気がします。

 

 

くだらない自分の承認欲求満たすためが為に娘のわたしを全否定して自分ばっか気持ちよくなってんじゃないよ!なんでも「私がやるから私!、私!」って相手が出来るかもしれないチャレンジまだせぬ未来までも一方的に奪っておいて「ほんと何にも出来なくてぇ~」って出来ない人間認定してんなよ!「私!私!」ばかりでなくてもっと他人を育てて認めろよ!(こども時代お店で注文することさえ私は出来なかった。大人になっても慣れるまで大変だった。オーダー内容も勝手に全て決められてしまう「あなたは〇〇でいいわよね!」と一方的に決めつけては勝手に注文してくれるという最悪さ→この子は大人しくて人前では何も話せないんですよォ~家の中ではあれほどまでにうるさいくせにねぇ~)といつでもどこでも私の目の前で私を否定しては謙遜ばかり。

 

 

「はい、今からカラオケをはじめまーす。どなたか歌ってくれる人はいませんかー?」って言われると「誰も歌わないならじゃぁ私が!」ってしゃしゃり出て行ってた実母。そこらへんも合わせて考えてみるに自分が一番目立ちたい、認めてほしい欲がめちゃくちゃ強いんだろな。

 

 

私の祖母(実母の実母)がここ10年くらいで言ってた事にビックリした。「あの子は小さい頃はとても恥ずかしがり屋でねぇ・・・どうしようかと思っていたけれどねぇ~」という言葉を聞いて思ったこと→私(娘)を踏み台にして私をは否定して自分はこんなに凄いんだから!!☆とどんどん自信つけて強くのし上がっていきやがったなこのばばぁー。

 

 

親なんだからこどもを犠牲にしてもいいのよ☆という感覚が全く私には分からない。そんなつもりなくたって、こどもを、相手を、誰かを、傷つけるかもという感覚さえ分かること出来なかった実母の足り無さと幼稚さにため息しか出ない。

 

 

親には踏み台にされた私だが、自分の子を踏み台にしようと私は思わない。むしろ踏み台にしてはダメだと自制するばかり。我慢ばかりさせられた私は自分の子に我慢はあまりさせたくないなと思ってる。だってどうしても歳とってから問題しかでないと思うから。満たされてきた人はこんな卑屈な気持ちにはならないんだろうなーって思うことだらけなんだよね考え方が、物の見方が。小さい頃から現実見すぎたばかりに私はあの頃も今だって冷めた目で物事を見てる。

 

だから自分の子が「簿のちゃんありがとねー」とか「マミーあーざーっす」とか言ってくれるのをみて「よかったー。彼等には感染してないわ。強要されての発言とかではないし、なによりありがとうって口に出して言える素直なその気持ちとそれを表わすこと出来るこの環境どうもありがとう!」とホッとしたのでありました。

 

過干渉さんが生きてる今は「いつまたはまり込んでこようとする?」と身構えてるので疲れもしてる。亡くならない限り私のこの呪いは解けない気がします。