然りとてさりとて

毎日を平々凡々に暮らしたい願望大なのに、いろんな事にわちゃわちゃ振り回され続けてる(振り回してる?)50近くの田舎女性たわごと日記。 VSびんぼー、毒持ち(こうあるべき!大好きな過干渉さん達)から逃亡中、VSストレス作らない、自分の為に自分らしく、VS何事にも果敢に挑戦頑張り中

久々に。で、内容カオス

超久々。いろんなこと留めないようにとちょい努力していましたら、打ち込んでまで吐き出したい案件なんて、どんどん忘れるからなくなっていっちゃうものなんだねぇ?ふむふむ。そう思いながらの久々。

 

この間、特に変わったことってのもなく。相変わらずってやつです、はい。

 

ストレスに負けたくないのに今日は見事に敗北してしまったのですかさずご飯食べに行って現実逃避。

 

 

働き始めて半年はもう優に過ぎた方がいるのですが(定年間近な年齢)、いつになっても進歩してくれない・・・(大泣き)。前に教えたこともすっかり忘れているのか「まったく聞いてない」と言う。そうならんようにメモさせたのに「メモもしていない」という(大泣き)。

 

ってことは、あれもあれもただのまぼろしだったのか!?

 

そうなの、、、、何度も同じこと聞いてくるんだよね。何度教えても始めて聞いたかのようにしてるから「前にも教えましたよね?」と言うと「え?そうでしたっけ?」とか言うんだけど、ここ最近で他に教えなきゃいけない人はこの人以外にいないからこの人にしか教えてないのは確実なわけで。それに記憶力だけは私めちゃくちゃいいのだよ。

 

何度も何度も再放送ばっかする人なので正直あんま関わりたくないわと願っているのですが、どーしても関わらなきゃいけない時が時折ありまして。

そんでパンドラの箱開ければ、カオスしかやはりなく。前に教えたことは全く聞いていないと言い切り自分判断で好き勝手に処理しているし、上司から指示された仕事は「分かりません」と丸投げしてこようとするし。

 

そんで結局最後は尻ぬぐいです。なのでストレス溜まらんわけないっす。それも途中まで取りかかられてる仕事の引き継ぎだから逆に仕事しにくくて。初めから自分がやるのよりめちゃ手間がかかったりするじゃない?(その人がした仕事がどこまで合ってるのかと確認しながら進めるのって逆に大変だったりしませんか?ならば初めから自分でやった方が早いと思ってしまう)

 

尻ぬぐいしてるとその分仕事増えてるわけだから今日絶対自分がやらなきゃヤバいっす級な優先仕事さばいくのもどんどん大変になってって。で毎回あっぷあっぷしてる状態なんだよね・・・

 

同じく尻ぬぐいって言ったら÷子さんのも尻ぬぐいしまくりなのですが、けどもうこの方は誰がみても戦力外通告状態になっているようなもんなのでナオラナイ、カワラナイ。だから腹立てぬよう引き続いて努力中であります!

 

尻ぬぐいいっぱーーーーーい。疲労いっぱーーーい。

 

で、考えてみる~

●尻ぬぐいしなくていいようにするには

←相手が覚えるまで何度も何度も言い続ける?毎回わざわざ確認作業する?(普段はわたし、もう1つの方のチームメインで仕事してるのに)

=時間消費、心の摩耗ものすごそうですね

 

←「もう一切やらんでいいっす。私が全部やるっす」と自分でやっちゃって手を出させない?

=尻ぬぐいは永遠にってやつになりそうですね

 

 

どっちがいいんだろうか?と考えてみる。けれどどっちもイヤすぎて選べない。どっちもイヤだー!!!!!!!!イヤすぎるーーー!!!

 

 

でも永遠に尻ぬぐいって本気でイヤだ。となると相手がきちんと理解してヘマしなくなるその日までこちらの脳と心がイカレても言い続けて覚えてもらうしかないのか、、、

 

 

それにしても、、、、、大丈夫なのかなぁ??

言われたことも記憶にない事だらけみたいだし、メモしてもらったことさえも記憶にないって言うし。こちらからしたらオカシイことだらけなんだよー。

 

歳をとると忘れやすいっては聞くけれど、そこまでまるごと忘れてしまうものなのか?と不思議に思うのですが、そういうもんなのかもしれないねぇ?と考えたらどうしたらいいんだろう。園バス運転してた理事長さんがすぐ物事を忘れてしまうって言ってたはずで。それと同じもんなのかねぇ?

 

同じようなものだとすればさぁ、いずれ尻ぬぐいしなきゃならん事ばかりならば正直言わせて頂くと初めから任せておかない方がいいってことになる。

 

ここらは上司に相談するとしてまぁその返答次第でまたおいおい考えるとしようかな。

 

 

それにしても認知症こわい。自分も物忘れが激しくなるときがくるのかと思うと怖い。

60才過ぎて転職なんてしてらんないなと思った。どんなに生活の為にと働かざるを得ないにしても周りに迷惑をかけてしまうなら考えた方がいいと思ってしまう。そうならないように忘れにくい脳にしたいと思う。その方法とりあえず片っ端から調べてみようと思った。

 

 

 

かなしいけどそれは連鎖(多分)

毎日、他人様のブログを見るのが楽しみです。

おはよーって起きて、必死になってご飯とお弁当作って、ふうひと休み!って言ってはブログ覗かせてもらってる。

そのおかげでいろいろ考えさせられてます。みんないろんなことあるもんだわねぇ。

 

 

落ち込みやすい人、どこまでも前向きな人、私は悪くない!!とばかりに人の話なんて聞かないんだろなーって思わせる人、いろーんな人がいるなぁ。

 

その中で「はぁ、、、やっぱりっすかねぇ」と納得させられてしまったことがある。

書かれてる内容が私の生立ちや環境と同じような人って多いのね。そんで読み進めさせてもらううちにほぼ必ずとして現われてくる「毒親」バーナー。

 

あーあなたも毒受けまくったんですねぇ。ってことは私もやっぱ毒持ちの親の子ってことなんだなぁ・・・。それで思い出してしまい悲しくなったり怒ったり。けどもなんだかその書き手の方と身近になったような不思議なきもちあ少し嬉しかったり。

 

共感って一番のご馳走なんじゃないかしら?と思うのです。だって共感してくれる人がいるとものすごく嬉しいんだもん。そうじゃなくてツレない場合なんて時は「ふぅ~ん。あっそう」って突き放すように思うから。

 

 

最近感じた「あーーーーーー」ってこと。私の血縁、お堅い職業ばっか。小さい子であっても体育会系当たり前。精神論根性論当たり前。そんな育てられ方をした私や従兄弟が大人となりそれぞれに子を持って恐らくそれらによって出てきてしまった不都合。学校行かない子が数人いるみたいだわ。

 

私の従兄弟たちって大人が一方的にオカシイこと言っててもほぼみんな言いなりだったんだよね。反抗なんかしないのよ。反抗したらその後が面倒だってこと分かってるからだろうけど。そのようなイイ子ちゃんが多かった。だから反抗したりグチグチ言ってる私はちょいオカシい扱いされてた子だったんだけど。

 

 

私の上の子はまぁ本当に言うことを聞かない子で。怖いとか怯えるとかそういうのもない子でねぇ。実母なんか「叩いてでも何しててでも従わせなきゃ!親が舐められたら終わりだよ!?そうやってでもなきゃ4人も育ててこれないよ!?(兄弟の子もお世話してたので4人カウント)」なんて当たり前に言っていたから、そうなのかふむふむと思って実母の言う通りにしたら今でも子より深い怨みをかっている私がいる、さっきも怨み節でグチグチ言われたっす・・・・

 

 

もうさ、別な考え方で道を進めていったほうがいいって思うけど私は。だって昔の人達のやり方って今はもう全く通用しないのよ。もうまるっきり時代は違うんだよってこと分かってないもんね。

 

子の気持ちや意見なんてほぼ関係ない。親がどうしたいかばかりで成り立っていた昔の子育て(そうじゃないお家もあったではありましょうが)少なくとも体育会系の私の血縁ではそういうのだったんだよ。その中でも酷いのが私の実家、そんで私の母親の実家。でね、それってね、学校行かない子たちの親の実家なんだわよ、、

 

 

 

間違ったことは許されないような、正しいことだけが正義かのような、白か黒かのような、そんな中で時間過ごしていると麻痺してくるよ。もしかしたらそれで麻痺しちゃって今止まっているのかもしれんなーって思ってしまってる←祖母がそうだった

 

学校行かないなんていうと「大変大変!!」なんてなってるみたいだけど、別に学校行かないから死ぬわけでもないんだし、そんなのそんなにたいしたことじゃないわよねぇと思うのだが、プレッシャーになってくるのが周りの目ってやつ=世間体ってやつ、それがネックになってくる。

 

特に私の血縁がらみの場合、「人様に笑われないように」という言葉をよく使う親(祖母経由)だったので小さい頃からそういうすり込みをされている。みーんなそういう認識なんだよね。だから自由ってもん、あるようでそんなない。祖母個人の価値観が全ての基準となっている血縁がらみといっていいようなもんだから。

 

自分が育てられたように自分の子を育て接していると周囲との差が大きくなりすぎて親も子もそのせいで非常ーに辛い時間をたっぷりと過ごさねばならんことになる。

 

価値観ってもんが余りにも凝り固まりすぎているからさ、許せないこと、ダメなことなどはっきり答えが決まりすぎ。だから他人にもそれを要求しすぎるし望みすぎる←私もめちゃくちゃそういう人だった(からそうならないように今は頑張っているつもり)

 

そんなわけで余りにも面倒くさすぎる関係ばかりだったので何があっても何がおきてもスルーしまくってそんでほぼほぼ他人関係で私は今生きている。親戚との絡み、そういうのもういいよ。仲良しごっこは要らないよ。

 

 

でもまだまだお若い子が苦しい気持ちで時間過ごしてるのかと思うと辛い。だがはまりすぎるのは違うと思う。

 

休むことなく一生動き回らなきゃいけないわけじゃないんだから休んでる間は楽しいことやってみたいこと沢山やってみたらいいじゃんって思うけど。

 

毒親の毒は確実に子に引き継いでしまうもんだと思う。気付いてるならいいけれど気付いていないならそれは怖いなと思う。

 

なんかもうさ、どうでもいいじゃん。問題起きないくらい適当でいいじゃん。なんだかなー・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひさびさ

かなり久々な投稿。分かってはいたんだけどね、書きたいこと吐き出したいことはいつもの通りに沢山ある。あるんだけれども。

 

結局それは愚痴と文句にしかならなくて、吐き出したところでスッキリ出来ているかと言えば確かにそのようで?でもそうじゃない?そんな感じなんだなぁ。

 

いつも読んでいるブログがあるのですが毎度毎度愚痴ばかりで余りにも凄すぎるから調べてみたら、それに対してのコメントが毎日まいにち書き込まれてるのね、とあるところにて毎日まいにち書き込まれてる。んでそれ見て私も同じくそう思ってるから共感して読んでいる。

 

確かにオカシイとこ沢山あるから作り話=妄想=空想なのかもしれんけど、それにしても読んでて気持ち良くないんだよね。読めば読むほどどよ~んとしてくんの。

 

人の不幸は蜜の味なんて言うけれど、余りにもよろしくないもんまとってる人には正直近づきたくない私は。でもさーいくら作り話だとしても私と共通している部分が少なからずあるわけで(悲しいことに)そういうの読んでると自分で自分が苦しくなってくる。

 

そーゆーのがイヤで吐き出してるはずだったのに吐き出しても苦しいって・・・

 

 

で、だ。結局私は受け止めず流すようにしたので相当大いにドカンってことがない限りは平常運転できるようにもなった(はず)。まーいっかまーいっか。そんなん別にどうでもよい。そう思えるようになったのは私にとってのお宝。それ出来なくていっつもぶーぶー言ってたからね言いまくっていたからね←完璧主義者的発想強し

 

 

このブログ自体が全て作り話なのかもしれんけど。ようやく働き始めたかと思ったらすぐ辞めて、そんでまたようやく新しい仕事についたと思ったらまたまた辞めたいとか適性が合わんとか言ってるし。

 

文句ばっか言うくせに努力ってしてんのかなぁ?って思うのだよ。仕事が覚えられないなら覚えるようにするしかないし、人間関係に思うことがあったならそれを踏まえての人間関係を築いていくしかないと思うのよ。というわけで私自身もそうするしかないじゃん!と人のふり見て我が振り直せなんだな-(どんより)

 

 

イヤな気持ちになりながらも反面教師みたいなもんで学ばせてもらってはいる。けれどいつもイヤ~な気持ちになりすぎる。私のこのブログも愚痴まみれなのでそろそろそーいうのからは卒業していきたいなーって思うようになった。

 

イヤなことあったらその代わりによかったこと3つあげて考えてみようと思う。

そうやって自分でルール作って努力していかないと変わってなんかいかないもんね。

 

学んだし諦めた。期待なし希望なし。

予期せぬ出来事がふりかかってきてしまいまして、その後処理に東奔西走しているのですが。

 

まぁ淡々と対応しています。ですが「なんで何するでも私ばっかりなんすかねー。あぁそうだったそうだった。だってこの人世間知らずなお坊ちゃんだから結局やらかしては問題毎増やしてくれるだけだもん。だったら時間かけずにちゃっちゃと終わらせた方いいわ」となるのです。もうね、怒りなんてない。これまでの30年近くはいつも怒りばかりでしたよ。でももう今の私は違う。変化したようです。

 

「出来ん奴にやらした尻ぬぐいを結局させられるのならば、だったらはじめっから自分でやった方が時間の無駄もない」

 

学んだんですよようやく。期待しても望んでも無理だと。そんだから悲しみ少々あきらめたっぷり無限大。

 

 

なんでこんなにこの男(配偶者)はアホなんだろうか?と冷静に思うのですよ。

確かにアホなんです、はじめから。一緒にいるようになりもう少しで30年近くなるはずだけどそれほどの年月かけてもアホな部分はアホのまま。

 

 

だったらそんなにあなたは偉いんですか!?なんて私のこと思われても仕方ない。私は偉くなんか全くない。けど分からんことがありゃ調べるし出来んことでも調べたりして出来るようにしてる。一応努力はしてるのだ。けど奴はそうではない。どうせ自分に降りかかってくることないだろうと思っているのかな?知らんことでも興味ないからとそのままだ。どんなに私が困っていようとも自分が関係したくないことには近づいてもこない。

だから30年近くかけての違いはそこなんだろうかと思ってる。奴がしでかしてきたことをツラツラ連ねて説明したら「あーそれはアホだわ」と言う方々は多いんじゃないかな。

 

アホが治らないってことはもう十分に分かった。てか自分がアホと認識出来ていないからアホな部分が継続しているんだと思う。30年近くかけたので十分に分かりすぎた。

 

 

「夫の尻ぬぐい」「夫がアホすぎる」で検索。

「ふむふむ、それはまだあなたの夫さんの方がマシだわよー」とか「あー、それはちょっとイっちゃってる夫さんだわー」なんて思いながら読む。気持ちがラクになる。勝手に共感したり比較してそんでもってまた考える。コメントってのは一般的指針。だいたいの人たちが考えていることはどっち?人の声ってのは大切だ。人の意見は大切だ。私はそういうところで実は癒やされてるようだ。なかま、イッパーーーーイ

 

 

無理なもんは無理。

 

 

これまでとは別人かのよう、ご飯作りを含め率先して文句も言わずに黙々と家事をこなしている夫。奴も奴でなにか分かってしまったんだと思う(ようやく)

 

多分だけど奴はもう偉そうなことは今後言わないと思う。それくらいに今回は大失敗しまくった。しちゃいけないことをした。

 

 

「借金を作っても嫁の親が代わりに払ってくれるからギャンブル依存症になってしまった私の息子。借金はいっせんまんまでに。嫁のせいだ」というのをみて思った。

 

そりゃ違うっしょ。家での教育が足りてなかったからでしょう?

 

「だめ」と言うだけでなく「なんでダメなのか」「どうしてダメなのか」「それをやっちゃったらどうなるのか?」と先を想像できるまで話し合って教えることが家で出来る教育ってもんだと私は思う。

 

夫も夫の母も先の例、このタイプでありまして。だからもんのすごく分かるわー。嫁のせいよりあんたのせい。責任逃れいいかげんにせいよ。

 

 

さ、今日もがんばりますかねー。レッツ後始末!&仕事

なにがあってもどんな感情であろうとも逃げることも休むこともできんのなら淡々とやっていくしかないですもんな。

 

なんだかねー

調べもしない、確かめもしないくせに、ただただ自分の負の感情だけを前面的に押し出しては文句しか言えない自分の子を見て「・・・・・・・・・・」という感情となる。

 

仮定だけぎゃーぎゃー言っててもどうにもならんのよ。周りに有無言わせないようなやり方で自分が思う結論まで持っていけばいいじゃんと思うのよ。そこからVSすりゃぁよいんじゃない?ぬかりなく調べ上げてさぁ。「どうだ、これなら問題ないだろう!」と言えるようにさぁ。

 

でも出来ない・・・・・・・・・・・・・・・し、やらない。から毎日毎日文句と愚痴しか言わんのよ。もうお腹いっぱいです、聞き飽きたわぁー

 

ただただ感情を吐き出しぶーぶー言ってるだけなんて、ただただ時間の無駄、もったいねーって私は思うけど。でもまぁそれも学びなんだけど。

 

 

 

それにしても、、、、、そういう兄弟の様をみた下の子が「アニキはだっせーなぁー」「ダサすぎる」「いくらなんでもガキすぎるだろ」「甘すぎるんだよ考えが」などと言い始め、兄のその浅はかさがあまりにも酷すぎてはダメージ受けてんだから「なんだかなぁ-」って感じ→メンタル不調・・・・・・

 

 

まぁそれとはまた話内容は変わるんだけど誰かの足り無さのせいで怒ってしまった問題を解決するには解決出来る誰かがやるしかないんだよなーと今回しみじみ感じている私。

 

 

私の夫の実家は農家。農家の大家族な中でのんびり育ってきた人。農業には長けてるんだけど一般世界での常識とか知識とか知恵とかがちょい微妙とも言える人なんだよね。ゆるゆるの家に加えめちゃんこ可愛がられて育ったので怒られたことがないまま大人になったおぼっちゃん。だから危険察知とか先を考える能力というもんが全くに発動しない。てか発動なんて出来ない。

 

そういうわけでたっくさんの要らぬ面倒ごとと問題ごとをこれまでも散々しでかしてくれました。奴の足り無さが作りあげたそれらの後処理、尻ぬぐいをは私がするしかなかったので(だって奴のことなのに奴がやっても出来ないんだもん結局は二度手間なんだもん)しょうがないからなんでも対処して対応してきましたが流石に奴の尻ぬぐいも30年近くとなると「は!??」「馬鹿臭いんだけど!」という気持ちでありまして(慣れすぎてしまい怒りなどもう湧き上がりません。ため息ももう出なくなってしまってるくらい←麻痺しすぎてる)

 

 

でもさー30年かけても自分の足りない部分をは棚に上げたままで改善しようともせず改善につながる努力もしようともせずそのままにしてたわけだよね。ほんっっとのBAKA?と冷静に思ってしまっている今の私がいます。

 

 

それでも最近はマシになった(勘違いお坊ちゃまは封印できるようになった)けど、この先も緊張感必要となる大事な場面に遭遇したらやっぱ使いもんにならんのだよなーと。奴に対応させといたらやらかして結局私がまた対応するしかないんだろうなーって感情などもう動かずに淡々と考えてます。

 

この家で簡単に面倒ごとやらかすのは2名。その対処をしたくなくともするしかないんだよね、私は。そしてもしかしたらもうひとりの子も家族の足りない部分を補うしかないのかもしれんくて←で、彼も更にメンタル落ちてしまっているという(涙)

 

 

昨夜は淡々と家事に精を出していたらしき夫。そろそろ理解したのだろうと思った。自分だけでの面倒毎や揉め事の処理対応は無理と。絶対的に簿のと子の力を借りなきゃ処理出来ん。ならば自分に出来ること・・・・・・・、「とりあえず家事ならば」と思い始めたのだと思う。

 

なんでもバランスだよなと思う。仕事でもさ、100助けてくれたから100はぜってー返すわーって思ってやってる。けどいつもの愚痴で考えると100出来る計算なのに20しか出来ないやつの残りの80を背負う。そしたら私は180の仕事をする。でも20しかしなくていい奴もいるのだよ。

 

不公平酷すぎない?馬鹿臭ーーーーーーーーーーーーーーーい!!

 

 

けれど出来ん奴に任せといたら結局尻ぬぐいするのはこちら側なのだ。望んでなんかいなくとも。

 

としたらこれもまた夫との関係性同様、あー馬鹿臭いけどそういう星の下に生まれてしまったから仕方ないわー経験値あがるしー(棒読み)って思うしかないなと。仕事場の今も尚な状況を考えてそう思うのです。

 

 

出来ん奴、やろうとしない奴のことアテにしてても駄目だ。どうせこちらがやらなきゃいけなくなるのなら棒読みな気持ちで「仕方ないからやるしかないもんね」と思いながらでやるしかないんだろうなーと。

 

 

というところにいるのですよ今。で、思う。頼れる人に頼りたいー甘えたいーって思ってしまっている自分がいます。頼りたくとも頼れない人(配偶者)と一緒にいると結局一匹狼で生きてくるしかないわけで。それだもの、私はどんどん強くなる。経験値があがってく。

 

 

残りの人生、自分だけの為に時間をたっぷり費やしたいなー(誰かの尻ぬぐいをして時間捨てるんじゃなく)。どうせお金では苦労しているしこれからも苦労するんだから、せめて心だけでも楽しめるように自分の為だけに自分が楽しめるように時間を使いたい。

 

そんなことを考えてました。

 

 

疑ううたがうそれしかない

仕事でのミスってのは、私にしたらとても痛すぎる出来事です。

間違ってはいけない、まちがってはならない、そう思う方な人なので間違えたってのが分かると非常にへこむ。マジかなりなレベルでどよ~んとへこんじまうのです。

 

ミスするには毎回必ず理由ってのが絶対にあって。

だからそこを抑えとかなきゃまたやらかす率があがっちゃう。

 

ということで毎度毎度、解明に入るのですが、、、、、、、、

 

大体は急いでいる時ですね。あれもやらなきゃこれもやらなきゃ。そう思っている時のミス率ってめちゃ高い。でも急がないで仕事できる時ってそんなないからこればかりは仕方ない。慣れていくしかないなー。

 

それ+新体制にまだ慣れていないので以前の感覚でやっているんですねぇ。以前の感覚は以前だけに通用するもの、なのになのにそれに慣れきってて染みすぎてて抜け切れてないというねぇ・・・・

 

 

そういう時はとにかくなんでも「疑ってみる」ってのが正解なのですが、疑ってみる(大丈夫という確信を持てるようにわざわざ確認をする)ってこと、頭では分かっているはずなのに出来てない。それほどまでに時間がない。やばいねぇ。

けど時間かけても疑っていかなきゃなー。うん、疑おう!!

 

毎回毎回疑って確認してみて「大丈夫!」という状態じゃなきゃ大丈夫じゃないんだよ、ミスかもしれないよ、ということを脳に叩きつけなきゃなーと思ったのでありました。そのパターン学べてなくて何度もミスしちまってるわ(涙)

 

でもね、本当はさ、こちらが仕事しやすいように「一声かける」とかしてほしいもんですよ。言われなければ気付かないことって沢山ありますもん。わたくし、千里眼なぞ持っておりませぬからねぇ。

 

けど、「言われないからミスった」とは言え、そのミスは私のミスとなっちゃうので

「とにかく疑っていこー。必ず確認した上で」をいつも持ち併せていかんとなーと誓ったのでした。

 

 

 

あとね、人がやった作業途中のことをそのまま引き継ぐことも多いのですが、そういう時ってめちゃ怖いねぇ。めちゃくちゃ怖いんですよ。

 

別の人のやり方でやっている物を途中引き継ぎすると「抜け」が多いんです。私には私のやり方(ルーティーン)があるのでその方法をとることによってミスらないように仕向け仕立てていくのですが他人がした作業途中ですとミスする確立あがるのよね・・・

 

 

今日も時間のない中いきなりに人の引き継ぎをやったはいいのですが、その人が準備していた物があったので「これをこれにってことか」と納得して作業を進めたまではよかったのですが、作業が終わって安堵したそんな頃、ふと引き出しを開けたところ「!!」と浮かび上がってきた疑念。「あれ?コレって違うやつじゃない?この人がここに準備してくれてたコレって違うやつのものじゃない??ってことはやり直しじゃない??(サーっと血の気がひく)」

 

すぐさま確認したところ、疑って正解でした。その人が準備してくれていた物は全然違うものでして「おいおいおい、、、、、」と唸ってしまいました&そこからやり直しをする悲しい私。大嫌いな二度手間だYO!

 

そんなこんなでそのミスはなんとか本ミスにならずに防げてよかったーと思ったのですが、それとは別なところでやり直しによって生じたミスが絶対に出たはずで(号泣)

 

 

で、だ。他人のこと信じたが故に私がしてしまうミスってのがとても馬鹿臭いなーと。

 

 

そもそもこの引き継ぎは時間内に終えることが出来ない人の仕事を引き継いでいるもの。勤務時間内で出来る算段なんだけどなー。すんごい時間かかる方なんだよね、ミスも沢山するし。「それなのにそこを忘れて何故に信じたんだ私!!そこは疑ってかかっていくのが当たり前なとこだろう!?」リングにいる私にいつもそう叫ばなきいけないんだぜ!!と思ったのでこれからは毎回疑ってかかろう☆

 

「〇〇さんようやくミスなくなったねー」と周りの人が言うようになるまではとにかく引き継ぐ際は全部なんでも疑っていこーぜー!と誓ったのでした。

 

 

出来ない人の出来無さをブーブー言ってても仕方ないなと思うようになった。ブーブー言っても私がやるしかないのなら私はミスしないようにするしかないんだよなと。いくら引き継ぎ途中のもので仕事がしにくかろうともミスしたら私のミスになるのなら

ミスしないようにやるしかない、それしかない。その為にはその専門でなくとも専門でやってる方達と同じく覚えておく必要がありますな。ならば覚えるまでだ!!

 

頭で分かったつもりでも文字にしないと脳に叩き込めない気がしてとにかく打ってみたの巻。

 

それにしても疲れる。けどもう数ヶ月したら今よりはマシになってるだろうと思ってまぁ気長にやっていくしかないよね。

 

さいきん

最近も相変わらずで過ごしておりました。

忙しいのは変わらんのですが、まぁ何事も慣れってやつですね。

 

先日書きました挨拶の件ですが、やはりそちら様からはございませんけれど「まーどーでもいい(棒読み)」そういう気持ちでおります。自分野中で受容はしたから。

 

 

余りにも価値観が違いすぎますとカルチャーショック止まらずで脳がその違いを処理出来ずにビックリしすぎてしまうものですね。ブーブーぶーぶー、ぶーぶーぶーぶーぶー言ってしまう(気持ちが落ち着くまで)。

 

けれどそれが何度も当たり前に繰り返されていますと「ふむ、そーいう人なのねー」とか「ふむふむ、そういうことですかっ!」などと受け入れたくなくとも受け入れるしかなくなる。

 

それ考えると習慣ってまじ怖いね。そしてそれを勝手に学んじまう心理&能力ってすごいよね!!

 

 

心理的なもんを今も読みあさっておりますが、もうね、早い頃にこういうの知りたかったなーと思う(もしくは寺とかに修行に出るとか)。そしたらこんなに文句ぶーぶー言い続けなかっただろうし楽しく生きて来られたんじゃないかなーと楽しい方へと続いたであろうかもしれん消えた可能性を残念に思います。

 

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つい先日、子に「簿のちゃん、顔大きくなったね。ぼわっとしたよ」と言われまして一瞬でムンクの叫びスタイルになりました。

「いやぁーーーーーーーーーーーーーー、やめてぇーーーーーーーー!!!」

 

自覚はあったんですけどね、「やはりそうなってしまってたか・・・」

 

ズル賢い人間なので都合の悪いもんは余り見ないようにしています。それがストレス溜まらんベストな生き方☆そう思っているポジティブです。

 

仕方なく自分の重みと向き合うことに。

 

そしたらさ、「うん、2Kgは優に増えてる(棒読み)」

たかたが2kg。されど2kgです。なんでももうどーでもいいけど2kg。

 

そんで外出る回数を増やしまくり意識月間の始まり。走れ走れ走れ~。疲れたら歩けばいいじゃない~。そう思って出走するのですがマジ暑いし足痛いしで不調。

悪化させたくないので気を付けなきゃなーとストレッチとマッサージに気を使ってます。維持するって何事も大変だなー。

 

大事なことってのは増えたことなんかよりも、見ぬふりせずにきちんと見て認めてそれを戻す為の意識や頑張りの継続なのかもなーとふと思いました、まる。

 

 

わたし思うんだけど何するでも子育てにしても一番大事なことってバランスじゃないかなーって。

 

ってのはね、わたしの母親は小太りで、親戚の女性陣もほぼそんな人ばっかで。それなのに男性陣は筋肉ムキー系推奨派が多かったから「デブ」というワードはよろしくないワードな雰囲気でした。

 

ちなみに私はデブ経験アリ。ハードな運動を急に終えた反動と自由というヒマから制限など一切せずただ思うがまま我武者羅に生きてたら15Kgくらい太っちゃって。それ以前がとても痩せすぎだったんだけど余りの変貌に自分が一番びっくりでした。

 

 

度をこえて食べてるのにそれに見合った運動を適度にしないから太る。ただこれだけなんだよね。大事なのはそれに見合ったってとこだと思う

 

今は食べ過ぎたら翌日とその次くらいでバランスをとって帳尻合わせするとか出来るけど太りすぎてるとそういう思考さえ出来なかった。「どーせそんな簡単になんて減らないしー」とか言って開き直ってたもんなー。開き直りだめーぜったいダメー。健康は大事です。

 

 

 

って話相当ずれたけど大事なのはバランスなのよ、そうなのよ。

私は太ったことがあるから痩せることも出来たんだと思った。

 

 

「栄養のあるものだけ食べさせてあげたい」そう思って時間かけて必死になって栄養たっぷりご飯作っててもさ、カップラーメンのおいしさには叶わんわけで。だってそれとこれとは別分野だわ。

 

断捨離をしてるので子が小さい頃に書いた落書き帳とか可愛らしい絵とかにふと遭遇しては思うのです。もっとバランスよく育ててあげれてたら彼等はもっと生きやすかったし楽しかったんだろうなーと。

 

 

私の親は自分たちの思うがママに子を動かしたい気持ちの強い人達なので親の気持ちを子に押しつけてはそれに従わない私達を「なんてわがままな子なんだ」と非難してばかりでした。子が親に従うのは当たり前でしょう!?と何の疑問も持たずにいる方たちで私はそれが本当に本当に嫌いだったのに嫌いでたまらなかったのに怖いもんで染みついたもんってやつは簡単には消えてくれないのですね。強いてました私も子に。

親から受けた教育の通り「こうあるべきでしょ!」をふりかざして。

 

 

言うこときかないならゲーム機壊しなさい。〇〇さんとこの〇〇先生もね、〇〇ちゃんが言うこと聞かないでゲームばっかして勉強しなかったら目の前でゲーム機壊したんだって。そしたらそれからきちんと勉強するようになったって言ってたからあんたも子が言うこと聞かないならゲーム機壊せば分かるんじゃない?

 

で、だ。言われたようにゲーム機ぶん投げたよ、壊れるように。2,3回叩き詰めたら壊れたよね。それなのに子はそれまで以上に勉強しなくなり何事にもやる気を出すこともなくなり学校生活に関しては見事なまでの無気力無関心状態。愚痴愚痴文句ばかり言い続ける子になっていましたよ♪そんで今でもその時の怨みを大いにかっておりますよあたしゃ。言われる度に謝っていますけど「私は4人も育てたプロなんだからね」とばりにしゃしゃり出てこられると「そうなのかもしれないなー」なんて心理になってしまうこの不思議。人数じゃないけれど数字って大きな意味をもたらすと思う。中身よりも全然、相当に←これが大体の間違い。思い込み退散!しなきゃならんと思う。

 

教師35年と聞くと「ベテラン!!」って思うけど「いやいや、だからといってベテランと決めつけるのは違う。要は中身だもんねぇ、くらいまで考えられればいいけれど、大体の人は35というその数字でやられると思うのよねぇ。数字の重みって大きいじゃない?勤続15年とか聞くと「うひょー」とか思うけど実際は「??」ってこともあったりかもだしねぇ。まー、自ら大きな数字出してくる人ってのは大体中身スカスカなのかもしれないなぁ。

 

 

 

話ぶっとンでは戻ってきたりとわけ分からん状態ですが、結局ね、何するでも人間の心理として禁止はいかん。両極端を認めてあげた方がいいと思うわけです。

勉強しないから勉強しない方の気持ちってのも分かるだろうし、逆に勉強したら勉強する楽しさちかも分かってくるわけで。あんま食べないから食べた時のご飯のおいしさに感動出来るわけだし(1日2食の私、毎回「うまー♥」ばかりしか言わない)。

 

 

今日の夜ご飯は夫が買ってきたお弁当でした。たまに食べるからめちゃくちゃ美味しいのです!!ご飯作らんくても良いという幸せ感がまたおいしさを増長させてくれますね。

 

ご飯はおいしいす食べたいから食べる。けど太ったから本気で走る。心理的な本は面白すぎるから引き続き読む。家事は優先すべきことを優先、程々でよし!

 

まー、そんな感じでぬるくやっていけれたら幸せだなぁ。