然りとてさりとて

毎日を平々凡々に暮らしたい願望大なのに、いろんな事にわちゃわちゃ振り回され続けてる(振り回してる?)50近くの田舎女性たわごと日記。 VSびんぼー、毒持ち(こうあるべき!大好きな過干渉さん達)から逃亡中、VSストレス作らない、自分の為に自分らしく、VS何事にも果敢に挑戦頑張り中

学んだし諦めた。期待なし希望なし。

予期せぬ出来事がふりかかってきてしまいまして、その後処理に東奔西走しているのですが。

 

まぁ淡々と対応しています。ですが「なんで何するでも私ばっかりなんすかねー。あぁそうだったそうだった。だってこの人世間知らずなお坊ちゃんだから結局やらかしては問題毎増やしてくれるだけだもん。だったら時間かけずにちゃっちゃと終わらせた方いいわ」となるのです。もうね、怒りなんてない。これまでの30年近くはいつも怒りばかりでしたよ。でももう今の私は違う。変化したようです。

 

「出来ん奴にやらした尻ぬぐいを結局させられるのならば、だったらはじめっから自分でやった方が時間の無駄もない」

 

学んだんですよようやく。期待しても望んでも無理だと。そんだから悲しみ少々あきらめたっぷり無限大。

 

 

なんでこんなにこの男(配偶者)はアホなんだろうか?と冷静に思うのですよ。

確かにアホなんです、はじめから。一緒にいるようになりもう少しで30年近くなるはずだけどそれほどの年月かけてもアホな部分はアホのまま。

 

 

だったらそんなにあなたは偉いんですか!?なんて私のこと思われても仕方ない。私は偉くなんか全くない。けど分からんことがありゃ調べるし出来んことでも調べたりして出来るようにしてる。一応努力はしてるのだ。けど奴はそうではない。どうせ自分に降りかかってくることないだろうと思っているのかな?知らんことでも興味ないからとそのままだ。どんなに私が困っていようとも自分が関係したくないことには近づいてもこない。

だから30年近くかけての違いはそこなんだろうかと思ってる。奴がしでかしてきたことをツラツラ連ねて説明したら「あーそれはアホだわ」と言う方々は多いんじゃないかな。

 

アホが治らないってことはもう十分に分かった。てか自分がアホと認識出来ていないからアホな部分が継続しているんだと思う。30年近くかけたので十分に分かりすぎた。

 

 

「夫の尻ぬぐい」「夫がアホすぎる」で検索。

「ふむふむ、それはまだあなたの夫さんの方がマシだわよー」とか「あー、それはちょっとイっちゃってる夫さんだわー」なんて思いながら読む。気持ちがラクになる。勝手に共感したり比較してそんでもってまた考える。コメントってのは一般的指針。だいたいの人たちが考えていることはどっち?人の声ってのは大切だ。人の意見は大切だ。私はそういうところで実は癒やされてるようだ。なかま、イッパーーーーイ

 

 

無理なもんは無理。

 

 

これまでとは別人かのよう、ご飯作りを含め率先して文句も言わずに黙々と家事をこなしている夫。奴も奴でなにか分かってしまったんだと思う(ようやく)

 

多分だけど奴はもう偉そうなことは今後言わないと思う。それくらいに今回は大失敗しまくった。しちゃいけないことをした。

 

 

「借金を作っても嫁の親が代わりに払ってくれるからギャンブル依存症になってしまった私の息子。借金はいっせんまんまでに。嫁のせいだ」というのをみて思った。

 

そりゃ違うっしょ。家での教育が足りてなかったからでしょう?

 

「だめ」と言うだけでなく「なんでダメなのか」「どうしてダメなのか」「それをやっちゃったらどうなるのか?」と先を想像できるまで話し合って教えることが家で出来る教育ってもんだと私は思う。

 

夫も夫の母も先の例、このタイプでありまして。だからもんのすごく分かるわー。嫁のせいよりあんたのせい。責任逃れいいかげんにせいよ。

 

 

さ、今日もがんばりますかねー。レッツ後始末!&仕事

なにがあってもどんな感情であろうとも逃げることも休むこともできんのなら淡々とやっていくしかないですもんな。

 

なんだかねー

調べもしない、確かめもしないくせに、ただただ自分の負の感情だけを前面的に押し出しては文句しか言えない自分の子を見て「・・・・・・・・・・」という感情となる。

 

仮定だけぎゃーぎゃー言っててもどうにもならんのよ。周りに有無言わせないようなやり方で自分が思う結論まで持っていけばいいじゃんと思うのよ。そこからVSすりゃぁよいんじゃない?ぬかりなく調べ上げてさぁ。「どうだ、これなら問題ないだろう!」と言えるようにさぁ。

 

でも出来ない・・・・・・・・・・・・・・・し、やらない。から毎日毎日文句と愚痴しか言わんのよ。もうお腹いっぱいです、聞き飽きたわぁー

 

ただただ感情を吐き出しぶーぶー言ってるだけなんて、ただただ時間の無駄、もったいねーって私は思うけど。でもまぁそれも学びなんだけど。

 

 

 

それにしても、、、、、そういう兄弟の様をみた下の子が「アニキはだっせーなぁー」「ダサすぎる」「いくらなんでもガキすぎるだろ」「甘すぎるんだよ考えが」などと言い始め、兄のその浅はかさがあまりにも酷すぎてはダメージ受けてんだから「なんだかなぁ-」って感じ→メンタル不調・・・・・・

 

 

まぁそれとはまた話内容は変わるんだけど誰かの足り無さのせいで怒ってしまった問題を解決するには解決出来る誰かがやるしかないんだよなーと今回しみじみ感じている私。

 

 

私の夫の実家は農家。農家の大家族な中でのんびり育ってきた人。農業には長けてるんだけど一般世界での常識とか知識とか知恵とかがちょい微妙とも言える人なんだよね。ゆるゆるの家に加えめちゃんこ可愛がられて育ったので怒られたことがないまま大人になったおぼっちゃん。だから危険察知とか先を考える能力というもんが全くに発動しない。てか発動なんて出来ない。

 

そういうわけでたっくさんの要らぬ面倒ごとと問題ごとをこれまでも散々しでかしてくれました。奴の足り無さが作りあげたそれらの後処理、尻ぬぐいをは私がするしかなかったので(だって奴のことなのに奴がやっても出来ないんだもん結局は二度手間なんだもん)しょうがないからなんでも対処して対応してきましたが流石に奴の尻ぬぐいも30年近くとなると「は!??」「馬鹿臭いんだけど!」という気持ちでありまして(慣れすぎてしまい怒りなどもう湧き上がりません。ため息ももう出なくなってしまってるくらい←麻痺しすぎてる)

 

 

でもさー30年かけても自分の足りない部分をは棚に上げたままで改善しようともせず改善につながる努力もしようともせずそのままにしてたわけだよね。ほんっっとのBAKA?と冷静に思ってしまっている今の私がいます。

 

 

それでも最近はマシになった(勘違いお坊ちゃまは封印できるようになった)けど、この先も緊張感必要となる大事な場面に遭遇したらやっぱ使いもんにならんのだよなーと。奴に対応させといたらやらかして結局私がまた対応するしかないんだろうなーって感情などもう動かずに淡々と考えてます。

 

この家で簡単に面倒ごとやらかすのは2名。その対処をしたくなくともするしかないんだよね、私は。そしてもしかしたらもうひとりの子も家族の足りない部分を補うしかないのかもしれんくて←で、彼も更にメンタル落ちてしまっているという(涙)

 

 

昨夜は淡々と家事に精を出していたらしき夫。そろそろ理解したのだろうと思った。自分だけでの面倒毎や揉め事の処理対応は無理と。絶対的に簿のと子の力を借りなきゃ処理出来ん。ならば自分に出来ること・・・・・・・、「とりあえず家事ならば」と思い始めたのだと思う。

 

なんでもバランスだよなと思う。仕事でもさ、100助けてくれたから100はぜってー返すわーって思ってやってる。けどいつもの愚痴で考えると100出来る計算なのに20しか出来ないやつの残りの80を背負う。そしたら私は180の仕事をする。でも20しかしなくていい奴もいるのだよ。

 

不公平酷すぎない?馬鹿臭ーーーーーーーーーーーーーーーい!!

 

 

けれど出来ん奴に任せといたら結局尻ぬぐいするのはこちら側なのだ。望んでなんかいなくとも。

 

としたらこれもまた夫との関係性同様、あー馬鹿臭いけどそういう星の下に生まれてしまったから仕方ないわー経験値あがるしー(棒読み)って思うしかないなと。仕事場の今も尚な状況を考えてそう思うのです。

 

 

出来ん奴、やろうとしない奴のことアテにしてても駄目だ。どうせこちらがやらなきゃいけなくなるのなら棒読みな気持ちで「仕方ないからやるしかないもんね」と思いながらでやるしかないんだろうなーと。

 

 

というところにいるのですよ今。で、思う。頼れる人に頼りたいー甘えたいーって思ってしまっている自分がいます。頼りたくとも頼れない人(配偶者)と一緒にいると結局一匹狼で生きてくるしかないわけで。それだもの、私はどんどん強くなる。経験値があがってく。

 

 

残りの人生、自分だけの為に時間をたっぷり費やしたいなー(誰かの尻ぬぐいをして時間捨てるんじゃなく)。どうせお金では苦労しているしこれからも苦労するんだから、せめて心だけでも楽しめるように自分の為だけに自分が楽しめるように時間を使いたい。

 

そんなことを考えてました。

 

 

疑ううたがうそれしかない

仕事でのミスってのは、私にしたらとても痛すぎる出来事です。

間違ってはいけない、まちがってはならない、そう思う方な人なので間違えたってのが分かると非常にへこむ。マジかなりなレベルでどよ~んとへこんじまうのです。

 

ミスするには毎回必ず理由ってのが絶対にあって。

だからそこを抑えとかなきゃまたやらかす率があがっちゃう。

 

ということで毎度毎度、解明に入るのですが、、、、、、、、

 

大体は急いでいる時ですね。あれもやらなきゃこれもやらなきゃ。そう思っている時のミス率ってめちゃ高い。でも急がないで仕事できる時ってそんなないからこればかりは仕方ない。慣れていくしかないなー。

 

それ+新体制にまだ慣れていないので以前の感覚でやっているんですねぇ。以前の感覚は以前だけに通用するもの、なのになのにそれに慣れきってて染みすぎてて抜け切れてないというねぇ・・・・

 

 

そういう時はとにかくなんでも「疑ってみる」ってのが正解なのですが、疑ってみる(大丈夫という確信を持てるようにわざわざ確認をする)ってこと、頭では分かっているはずなのに出来てない。それほどまでに時間がない。やばいねぇ。

けど時間かけても疑っていかなきゃなー。うん、疑おう!!

 

毎回毎回疑って確認してみて「大丈夫!」という状態じゃなきゃ大丈夫じゃないんだよ、ミスかもしれないよ、ということを脳に叩きつけなきゃなーと思ったのでありました。そのパターン学べてなくて何度もミスしちまってるわ(涙)

 

でもね、本当はさ、こちらが仕事しやすいように「一声かける」とかしてほしいもんですよ。言われなければ気付かないことって沢山ありますもん。わたくし、千里眼なぞ持っておりませぬからねぇ。

 

けど、「言われないからミスった」とは言え、そのミスは私のミスとなっちゃうので

「とにかく疑っていこー。必ず確認した上で」をいつも持ち併せていかんとなーと誓ったのでした。

 

 

 

あとね、人がやった作業途中のことをそのまま引き継ぐことも多いのですが、そういう時ってめちゃ怖いねぇ。めちゃくちゃ怖いんですよ。

 

別の人のやり方でやっている物を途中引き継ぎすると「抜け」が多いんです。私には私のやり方(ルーティーン)があるのでその方法をとることによってミスらないように仕向け仕立てていくのですが他人がした作業途中ですとミスする確立あがるのよね・・・

 

 

今日も時間のない中いきなりに人の引き継ぎをやったはいいのですが、その人が準備していた物があったので「これをこれにってことか」と納得して作業を進めたまではよかったのですが、作業が終わって安堵したそんな頃、ふと引き出しを開けたところ「!!」と浮かび上がってきた疑念。「あれ?コレって違うやつじゃない?この人がここに準備してくれてたコレって違うやつのものじゃない??ってことはやり直しじゃない??(サーっと血の気がひく)」

 

すぐさま確認したところ、疑って正解でした。その人が準備してくれていた物は全然違うものでして「おいおいおい、、、、、」と唸ってしまいました&そこからやり直しをする悲しい私。大嫌いな二度手間だYO!

 

そんなこんなでそのミスはなんとか本ミスにならずに防げてよかったーと思ったのですが、それとは別なところでやり直しによって生じたミスが絶対に出たはずで(号泣)

 

 

で、だ。他人のこと信じたが故に私がしてしまうミスってのがとても馬鹿臭いなーと。

 

 

そもそもこの引き継ぎは時間内に終えることが出来ない人の仕事を引き継いでいるもの。勤務時間内で出来る算段なんだけどなー。すんごい時間かかる方なんだよね、ミスも沢山するし。「それなのにそこを忘れて何故に信じたんだ私!!そこは疑ってかかっていくのが当たり前なとこだろう!?」リングにいる私にいつもそう叫ばなきいけないんだぜ!!と思ったのでこれからは毎回疑ってかかろう☆

 

「〇〇さんようやくミスなくなったねー」と周りの人が言うようになるまではとにかく引き継ぐ際は全部なんでも疑っていこーぜー!と誓ったのでした。

 

 

出来ない人の出来無さをブーブー言ってても仕方ないなと思うようになった。ブーブー言っても私がやるしかないのなら私はミスしないようにするしかないんだよなと。いくら引き継ぎ途中のもので仕事がしにくかろうともミスしたら私のミスになるのなら

ミスしないようにやるしかない、それしかない。その為にはその専門でなくとも専門でやってる方達と同じく覚えておく必要がありますな。ならば覚えるまでだ!!

 

頭で分かったつもりでも文字にしないと脳に叩き込めない気がしてとにかく打ってみたの巻。

 

それにしても疲れる。けどもう数ヶ月したら今よりはマシになってるだろうと思ってまぁ気長にやっていくしかないよね。

 

さいきん

最近も相変わらずで過ごしておりました。

忙しいのは変わらんのですが、まぁ何事も慣れってやつですね。

 

先日書きました挨拶の件ですが、やはりそちら様からはございませんけれど「まーどーでもいい(棒読み)」そういう気持ちでおります。自分野中で受容はしたから。

 

 

余りにも価値観が違いすぎますとカルチャーショック止まらずで脳がその違いを処理出来ずにビックリしすぎてしまうものですね。ブーブーぶーぶー、ぶーぶーぶーぶーぶー言ってしまう(気持ちが落ち着くまで)。

 

けれどそれが何度も当たり前に繰り返されていますと「ふむ、そーいう人なのねー」とか「ふむふむ、そういうことですかっ!」などと受け入れたくなくとも受け入れるしかなくなる。

 

それ考えると習慣ってまじ怖いね。そしてそれを勝手に学んじまう心理&能力ってすごいよね!!

 

 

心理的なもんを今も読みあさっておりますが、もうね、早い頃にこういうの知りたかったなーと思う(もしくは寺とかに修行に出るとか)。そしたらこんなに文句ぶーぶー言い続けなかっただろうし楽しく生きて来られたんじゃないかなーと楽しい方へと続いたであろうかもしれん消えた可能性を残念に思います。

 

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つい先日、子に「簿のちゃん、顔大きくなったね。ぼわっとしたよ」と言われまして一瞬でムンクの叫びスタイルになりました。

「いやぁーーーーーーーーーーーーーー、やめてぇーーーーーーーー!!!」

 

自覚はあったんですけどね、「やはりそうなってしまってたか・・・」

 

ズル賢い人間なので都合の悪いもんは余り見ないようにしています。それがストレス溜まらんベストな生き方☆そう思っているポジティブです。

 

仕方なく自分の重みと向き合うことに。

 

そしたらさ、「うん、2Kgは優に増えてる(棒読み)」

たかたが2kg。されど2kgです。なんでももうどーでもいいけど2kg。

 

そんで外出る回数を増やしまくり意識月間の始まり。走れ走れ走れ~。疲れたら歩けばいいじゃない~。そう思って出走するのですがマジ暑いし足痛いしで不調。

悪化させたくないので気を付けなきゃなーとストレッチとマッサージに気を使ってます。維持するって何事も大変だなー。

 

大事なことってのは増えたことなんかよりも、見ぬふりせずにきちんと見て認めてそれを戻す為の意識や頑張りの継続なのかもなーとふと思いました、まる。

 

 

わたし思うんだけど何するでも子育てにしても一番大事なことってバランスじゃないかなーって。

 

ってのはね、わたしの母親は小太りで、親戚の女性陣もほぼそんな人ばっかで。それなのに男性陣は筋肉ムキー系推奨派が多かったから「デブ」というワードはよろしくないワードな雰囲気でした。

 

ちなみに私はデブ経験アリ。ハードな運動を急に終えた反動と自由というヒマから制限など一切せずただ思うがまま我武者羅に生きてたら15Kgくらい太っちゃって。それ以前がとても痩せすぎだったんだけど余りの変貌に自分が一番びっくりでした。

 

 

度をこえて食べてるのにそれに見合った運動を適度にしないから太る。ただこれだけなんだよね。大事なのはそれに見合ったってとこだと思う

 

今は食べ過ぎたら翌日とその次くらいでバランスをとって帳尻合わせするとか出来るけど太りすぎてるとそういう思考さえ出来なかった。「どーせそんな簡単になんて減らないしー」とか言って開き直ってたもんなー。開き直りだめーぜったいダメー。健康は大事です。

 

 

 

って話相当ずれたけど大事なのはバランスなのよ、そうなのよ。

私は太ったことがあるから痩せることも出来たんだと思った。

 

 

「栄養のあるものだけ食べさせてあげたい」そう思って時間かけて必死になって栄養たっぷりご飯作っててもさ、カップラーメンのおいしさには叶わんわけで。だってそれとこれとは別分野だわ。

 

断捨離をしてるので子が小さい頃に書いた落書き帳とか可愛らしい絵とかにふと遭遇しては思うのです。もっとバランスよく育ててあげれてたら彼等はもっと生きやすかったし楽しかったんだろうなーと。

 

 

私の親は自分たちの思うがママに子を動かしたい気持ちの強い人達なので親の気持ちを子に押しつけてはそれに従わない私達を「なんてわがままな子なんだ」と非難してばかりでした。子が親に従うのは当たり前でしょう!?と何の疑問も持たずにいる方たちで私はそれが本当に本当に嫌いだったのに嫌いでたまらなかったのに怖いもんで染みついたもんってやつは簡単には消えてくれないのですね。強いてました私も子に。

親から受けた教育の通り「こうあるべきでしょ!」をふりかざして。

 

 

言うこときかないならゲーム機壊しなさい。〇〇さんとこの〇〇先生もね、〇〇ちゃんが言うこと聞かないでゲームばっかして勉強しなかったら目の前でゲーム機壊したんだって。そしたらそれからきちんと勉強するようになったって言ってたからあんたも子が言うこと聞かないならゲーム機壊せば分かるんじゃない?

 

で、だ。言われたようにゲーム機ぶん投げたよ、壊れるように。2,3回叩き詰めたら壊れたよね。それなのに子はそれまで以上に勉強しなくなり何事にもやる気を出すこともなくなり学校生活に関しては見事なまでの無気力無関心状態。愚痴愚痴文句ばかり言い続ける子になっていましたよ♪そんで今でもその時の怨みを大いにかっておりますよあたしゃ。言われる度に謝っていますけど「私は4人も育てたプロなんだからね」とばりにしゃしゃり出てこられると「そうなのかもしれないなー」なんて心理になってしまうこの不思議。人数じゃないけれど数字って大きな意味をもたらすと思う。中身よりも全然、相当に←これが大体の間違い。思い込み退散!しなきゃならんと思う。

 

教師35年と聞くと「ベテラン!!」って思うけど「いやいや、だからといってベテランと決めつけるのは違う。要は中身だもんねぇ、くらいまで考えられればいいけれど、大体の人は35というその数字でやられると思うのよねぇ。数字の重みって大きいじゃない?勤続15年とか聞くと「うひょー」とか思うけど実際は「??」ってこともあったりかもだしねぇ。まー、自ら大きな数字出してくる人ってのは大体中身スカスカなのかもしれないなぁ。

 

 

 

話ぶっとンでは戻ってきたりとわけ分からん状態ですが、結局ね、何するでも人間の心理として禁止はいかん。両極端を認めてあげた方がいいと思うわけです。

勉強しないから勉強しない方の気持ちってのも分かるだろうし、逆に勉強したら勉強する楽しさちかも分かってくるわけで。あんま食べないから食べた時のご飯のおいしさに感動出来るわけだし(1日2食の私、毎回「うまー♥」ばかりしか言わない)。

 

 

今日の夜ご飯は夫が買ってきたお弁当でした。たまに食べるからめちゃくちゃ美味しいのです!!ご飯作らんくても良いという幸せ感がまたおいしさを増長させてくれますね。

 

ご飯はおいしいす食べたいから食べる。けど太ったから本気で走る。心理的な本は面白すぎるから引き続き読む。家事は優先すべきことを優先、程々でよし!

 

まー、そんな感じでぬるくやっていけれたら幸せだなぁ。

 

あいさつって基本だと思っていたけれど

家でも学校でも、元気よく挨拶しないと怒られたものです。挨拶は基本と言われて育ってきました。

 

上下関係バリバリな運動部に籍をおいたことも関係しているのでしょう。

挨拶は基本、挨拶ってのはごく普通の当たり前行為。息を吸うのと同じような位置づけで行うべく自然行為だと思ってました。

 

でもね、どうやら違うみたい?

 

実習で来てる方、全く挨拶しないんですな。テンパっててそうなのかなぁ?って思って傍観してましたけどそういう感じでもない(ような気がしてます)。かといって生意気ーな感じにも見えない。

 

 

明らかに見たことない人来たら同じ部署内の人だよね!?挨拶しなきゃだよね!?なんて私は思う方なのですがどうやら違うみたいかな。こっち系の人ではないようです。

だって「おはようございます」「お先に失礼します」もない?「今日からお世話になります〇〇です。よろしくお願い致します」とかも私に対してはなかったしなぁ。

 

ってことでこちらから言ってはじめて挨拶がかえってくるという感じ。

そか、自分からは言わない主義なのか。言われたら言う主義なのか!?

 

 

まどーでもいいけど。挨拶なんてされなくても死なないし別に支障きたしもしないからどうでもいいっちゃいいんですけどね。けれど私めちゃくちゃ含む「挨拶は基本中の基本っしょ!」って思ってる人たちからしたらめちゃくちゃカルチャーショックこの上ないわけで脳が震えてるよ、違和感受け入れるまでの拒絶反応だよねこれ。

 

 

自分の子は大丈夫なんだろか!と不安にかられ確認してみました。

 

「あなたさー挨拶ちゃんとしている?挨拶出来ている?」

「そりゃ当たり前じゃん。挨拶は基本だよ」

「おはようございます。お疲れ様です(お疲れ様でした)お先に失礼します」はちゃんと出来ている?言えてる?」

「もちろんちゃんとやってる。だってそれ出来ないってどう考えても人としてヤバイっしょ」

「うーん。そう思うけど、、、でもそう出来ない人も実際いるからねぇ、、、」

 

 

理由あってそうなのでしょうからそこはそういうものだと思うことにしました。挨拶ナクテモどうでもいいー。スルーだよー。

 

けれどこの職場、挨拶だけはきっちりしてるからね、みんな。だから異様に浮いてみえちゃうんだろな。ってあたしにゃ関係ないわ、そこまではわしゃ知らんわ、でいいのですよ、はい。これは私の問題じゃなくてその人が抱えている問題ですものね。

 

 

挨拶ってタイミングなとこあるから、タイミング外しちゃったとか、言ったけど相手には聞こえてなかったみたいとかもあるだろうしねぇ。コミュ症すぎる人だと挨拶さえ難しいってこともあるだろうし。もしくは言いたくないから言わないだけかもしれんし。私のことが苦手だから言わないのかもしれないし←と分析してみました結果、もう一度自分に言う。どれであろうとも私には関係ない、どーでもいい。理由なんてどれでもいい。

 

 

違う部署の人が挨拶しないとかはすれ違いざまである話だけど同じ空間で同じ仕事する人が挨拶しないって始めてかもしれない、こういうこと。

 

 

けれどそういう人もいるのですね、はい!ときちんと脳に上書きさせること頑張ります!!でないと「あの人は挨拶もしないしねー」と言うハメになって疲れるはずなんで。

 

 

でもさぁ、定年間近くらいな年齢なのに挨拶さえしない(出来ない?)でどこでどうやって生きてきたのだろうか。それさえもまかり通るところがあったということなんだよね??不思議不思議、でも事実。

 

 

制服をきた女の子(学生バイトなのかな?)が「お疲れ様でーす」とわざわざこちらに身体を向け言いながら帰って行ったのをみてふと考えてしまった。「年齢は目安にはなるけれど中身なんて全く人それぞれで別物だわよねぇ・・・」

 

以前なら「挨拶もしないなんてシンジラレナーイ!!」とこちらが正しいんですよスタンスで強く言い切り思ったはずだけど、今は「そっか。そーゆー人なのねー。なんか理由あるんだろうし。ま、どーでもいいや」という考えで割り切れている=コッテコテがちがちの価値観変更、少し成功かもしれません。

 

人に対しては良い意味で興味を持つようにしたいねぇ。良くない理由で興味を持たぬようにしたいもの。ということを肝に銘じて過ごしていきたいなぁ。

価値観かえていくー

ここ最近はこれでもマシになった方だけど、あたしっていつも怒ってるし怒ってたよなーなー、ふてくされてばっかだったよなーとふと思いまして。

 

それは悲しいことに小さい頃からでして。

 

怒り芸じゃぁないけれど、でもほんとそんな感じに怒ったり(おこったり)怒ったり(いかったり)していたんだよね。こちらの気持ちなどくみ取ってもくれず自分らの考えのみゴリゴリに押しつけてきて自分らの思い通りにしては自己満足していた両親のおかげでね。

 

高校の頃なんて「木になりたいなー」ってマジに思っていたもん。何見ても何言われても感情が生まれないであろう木っていいなーって。

 

 

がっちがち&こてこての「こうあるべき!!」主義な実家なので、もちろん私は相当な「こうあるべきでしょ!!エリート」とも言えると思うのです。

 

こうあるべきエリートソルジャーなのでね。だからどうしても許せないんだよ、こうあるべき!!をしない人やしない人の発言や行動が。どうしても絶対に許せない。だって自分の価値観が正しいと思い込んできたんだもん。

 

そんなふうに過ごしてきてしまってるので人間関係はもちろん難ありA級です。生きづらくて大変なのはそういう問題からだと思われます。

 

だから価値観をやんわりとさせていこうと決めました。私の中のこうあるべきを撲滅さえていこうじゃないの!作戦決行です。でないと病みまくっちまうわ!

 

 

オーバー

見事にキャパオーバーしちゃっているようです、わたし。

 

今までこんなにミスったことなんかないのに・・・・・と呆然。お口あんぐりよ全く。

 

そうなんだ、ミスることはあってもだ、すぐに気付けてたし大ごとになるようなこたぁ-これまではなかったのですが。なんかやっちまってるね、わたし!

 

こんなことで間違う!?と思うようなことを連発フィーバーしてまして、流石に萎えたし考えた。

 

オーバーなんだよオーバー。背負い過ぎてるみたい仕事量。

 

 

上司が変わって相当時間経ったけどそれでもやっぱこちら側の仕事にはほとんど関与してこないので(以前の方は常駐って感じくらいだったのに)その不足分の1人分仕事(1人で2人分以上仕事していたけどな)、そこ背負ってまずキャパオーバー。

 

÷子さんは相変わらずだから協力なんて無理。こっちが大変でも全く関係ありません状態だからねぇ。協力し合えないんだもん、行き詰まっていってるんだろうな私。

 

本来ならば3人分(実質は前上司が1人で2人分量以上の仕事やってくれてたから÷子の分とで3人分くらい)の力があるはずなところ、ここが0。ゼロだよ。

 

となるとだな、最悪な時は3人分背負ってやっていることになるんじゃないかな。

 

 

そんでそこにだ、実習生の教育が+されましてねぇ。あっちやりながらこっちやってってのは当たり前だからそれ事態問題はなかろうと思っていたのですが、自分のペースで動けないこともネックになっているのかも。オーバーしまくりミス&ミスのオンパレードなんだよね。がっくし。

 

 

確認したのに確認怠ってた(思い込み)ミスばかり。ちゃんと見た、はずなのに「あれ!?あれれ!!!??」ってことばかり。

 

ってことはちゃんと見ているようで見ていなかったわけで→これまで間違ってしまったとこは入念に確認しているのだが、それ以外のところを順次ミスりまくってしまっている状態(見たはずなのに「なんでー!??」って思ってばっかだよ)

 

 

 

これまでは多くても毎回3件くらいだったものが毎回10件くらいになったもんだから気が焦ってるんだよね。この仕事が終わったら次はあれやってそれからあれもやっとかなきゃ。そうしてから明日の為のあの仕事とあの仕事も終わらせなきゃ!!

 

そんな心境の中研修生の面倒見て指示してってキャパオーバー以外の何者でもないわ、、、まじないわ-・・・・・

 

 

自分ペースで動けてないのは仕方ないにしてももう完璧を求めるのはやめよう。それやってたらこの状態じゃぁミスしまくって二度手間ばっかになっちゃうわ。

しばらくはあまり焦らずでひとつひとつミスなくこなしていけるよう、気持ちを切り替えてやっていこうかねぇ。

 

それにしてもだ、やっぱショックだよ。これまでそんなことでミスなんてしなかったのにそんなことでミス連発しまくってるだなんてねぇ。

 

歳のせいもあるかもしれんけど、いやいや余裕のなさ焦りすぎせかされすぎ(ほとんど自分で自分をせかしてるようなもんだが)が一番の理由だろうねぇ。

 

まー気持ち切り替えてやっていくしかないかぁ-。人に期待しちゃいけないのは分かってるし期待などしていないけど、背負いたくもないのに背負うもん多すぎてそれにしても虚しいな、、、